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午前の部
口腔微生物による人体への影響
講師:石河 太知先生
岩手医科大学微生物学講座 分子微生物学分野 教授
人体の正常フローラ
ヒトの身体には数多くの微生物が常在しており、その数はヒトを構成する細胞数を上回っています。それら常在微生物は腸管や皮膚、呼吸器などに存在し、普段病気を起こすことなくヒトと共存しています。このような常在微生物群をフローラと言い、腸内フローラ、口腔フローラなどと呼ばれています。中でも口腔は、硬組織である歯や軟組織である粘膜、また歯と歯肉の間の溝、歯肉溝など複雑な環境下で多様な種類の微生物が存在しています。それら常在微生物は、バランスを崩すと人体にとって不利益になりますが、バランスが整っていると有益にもなりえます。不利益な点は病気の原因になること、口臭の原因になること、口腔内では歯質を脱灰し、う蝕を起こしたり、歯周組織に炎症を起こしたり、といったことがあります。一方、有益な点は外来の微生物による感染に対する抵抗力が増強すること、ビタミンなどの栄養素を産生してくれること、他の病原微生物の侵入・定着を防ぐこと、が挙げられます。したがってバランスの良いフローラを維持することが健康に重要であると言えます。
う蝕の発生要因
口腔細菌叢すなわち口腔フローラは様々な細菌種で構成されています。その中でも、う蝕にもっとも関連が深い細菌はミュータンスレンサ球菌と言われていますが、これは一種類の細菌ではなく、Streptococcus mutans とS. sobrinus の二つの細菌を表しています。この二菌種は酸を産生し、歯面に付着し、不溶性グルカンを作ることからう蝕の原因細菌と考えられています。酸を産生し、歯面に付着する細菌は数多く口腔内に存在します。しかし、この不溶性グルカン合成能を合わせ持つことから、この二つの菌種はう蝕にもっとも関連すると考えられています。不溶性グルカンは粘着性が非常に高く、本来歯の表面に付着しない細菌も巻き込むことでプラークが大きくなります。そこで様々な口腔細菌が酸を産生することでプラーク内のpH が下がりう蝕が発生すると考えられています2)。
病因論に基づいたプラークコントロール
したがって、この二菌種に感染しない、もしくは感染していても口腔内での数を減らすことは細菌学におけるう蝕予防において重要だと言えます3)。その方法として、機械的、もしくは化学的プラークコントロールが考えられ、さらに生物学的プラークコントロールとしてラクトフェリンが含まれる牛乳やポリフェノールが含まれる緑茶、烏龍茶が注目されています。一方で、この二菌種がいなければう蝕にならないか、と言われるとそうではありません。やはり食習慣によってはこの二菌種が口腔内に存在しなくてもう蝕が発生します。間食の回数を減らし、口腔内の細菌バランスを整えることがとても重要です。
口腔微生物と全身疾患
細菌学的なう蝕の予防、すなわちプラークコントロールがうまくいかなかった場合どうなるか。プラークは成熟し歯肉溝にも蓄積され歯周病を引き起こします。この歯周病は先にも述べた通り全身疾患との関わりが近年非常に注目されています1)。歯周病になると歯周病原細菌をはじめとする口腔細菌や、その細菌の影響で免疫細胞により産生された炎症性サイトカインが血流に乗りやすくなり、全身に影響を及ぼすと考えられています。代表的な疾患は心筋梗塞、心内膜炎、糖尿病、早産・低体重出生などです。近年ではアルツハイマー型認知症などにも関連していることが分かって来ました。したがって、プラークコントロールはう蝕の予防のみならず、歯周病の予防、全身疾患の予防にも繋がっているといえます。
口腔微生物研究の最前線
口腔外組織に存在する苦味受容体は苦味を感じるのではなく、平滑筋の弛緩作用や細胞応答など口腔内とは違った働きを持つことも知られており、細菌感染が苦味受容体を介して、様々な細胞応答や種々の疾患を引き起こすことが示唆されています4)。 我々はこの苦味受容体に注目し研究を行った結果、歯周病原細菌が臍帯血管内皮細胞に影響を及ぼし、苦味受容体の発現に影響を及ぼすことが分かってきました。さらに、同細胞は歯周病原細菌と同様、苦味物質による刺激で血管成長因子受容体の発現も変化することが分かってきました。このように、これまで血液中の炎症性サイトカイン濃度に注目されていた早産や低出生体重児の研究とは異なる視点から、新規治療薬の開発や治療法の確立へと向けた研究を行っています。
まとめ
う蝕や歯周病は感染性の疾患です。感染症ということは、ヒトからヒトへ移るものです。ヒトの口腔フローラを構成する細菌は保育者から感染する、と言われています5)。したがって、口腔内環境は身近な人、つまり子供や孫、さらに感染させずとも母親のお腹の中にいる胎児にさえ影響を及ぼすことがあります。患者の口腔内環境を整えて、患者本人やその身近な人の命を守ること、これこそがこれからの歯科医師に求められることだと考えられます。
参考文献
- John V, Alqallaf H, De Bedout T. Periodontal Disease and Systemic Diseases: An Update for the Clinician. J Indiana Dent Assoc. 2016;95(1):16-23.
- Hamada S, Slade HD. Biology, immunology, and cariogenicity of Streptococcus mutans. Microbiol Rev. 1980;44(2):331-384.
- Alaluusua S, Renkonen OV. Streptococcus mutans establishment and dental caries experience in children from 2 to 4 years old. Scand J Dent Res. 1983;91(6):453-457.
- Maurer S, Wabnitz GH, Kahle NA, et al. Tasting Pseudomonas aeruginosa Biofilms: Human Neutrophils Express the Bitter Receptor T2R38 as Sensor for the Quorum Sensing Molecule N-(3-Oxododecanoyl)-l-Homoserine Lactone. Front Immunol. 2015;6:369.
- Kishi M, Abe A, Kishi K, Ohara-Nemoto Y, Kimura S, Yonemitsu M. Relationship of quantitative salivary levels of Streptococcus mutans and S. sobrinus in mothers to caries status and colonization of mutans streptococci in plaque in their 2.5-year-old children. Community Dent Oral Epidemiol. 2009;37(3):241-249.
午後の部
歯科用コーンビームCTを用いた口腔顎顔面領域の解剖構造の観察
講師:小川 淳先生
岩手医科大学歯学部 口腔顎顔面再建学講座口腔外科学分野 准教授
歯科用コーンビームCT (CBCT) は、従来の単純X線写真において検出が困難であった歯や顎骨の解剖構造や疾患を三次元的に検出可能な画像検査法である。私は2008年にCBCTを導入し,当初は開業医として,現在は教員として,日常臨床への応用に加えて,各種解剖構造に関する臨床研究を行なってきた.以下,代表的データを供覧したい.
各歯種における歯根と根管形態
上顎小臼歯
上顎小臼歯の歯根では単根が多く,単根の頻度は第一小臼歯で74.2%,第二小臼歯で97.7%であった.2根は第一小臼歯で24.3%,第二小臼歯で2.3%,3根は第一小臼歯で1.5%の頻度でみられた(表1)1).3根性歯は単純X線写真での検出が困難で,さらに,術前にCBCTで診断されていても,その抜歯には難渋する場合が多い(図1).また,上顎小臼歯の根管系は,単根管から4根管までみられ,そのバリエーションが多かった(図2).
表1 上顎小臼歯における歯根数の頻度
図1
図2 上顎小臼歯における歯根数と根管数
下顎第一大臼歯
下顎第一大臼歯における3根性歯の頻度は23.6%と臨床において決して低いものではない(表2)2).骨植の良好な3根性歯の抜歯は難抜歯となる可能性が高く,遠心舌側根が残留する可能性,また,根管治療においては根管の見落としが生じる可能性がある.実際,われわれは紹介元で抜歯が中断された残根を抜去した3年後に感染症状が出現し,デンタルエックス線写真を撮影したところ,遠心舌側根の残遺がみられた症例を経験している.術前CBCT画像では,この遠心舌側根の存在は見落とされていた(図3).単純エックス線写真で3根性歯が疑われる場合には,既報告2)のデータをもとに根管を探索する必要がある.いずれにしても術前CBCTによる診断が重要である.
表2 下顎第一大臼歯における歯根と根管数の頻度
図3 遠心舌側根(矢頭)の残遺
下顎第二大臼歯
下顎第二大臼歯の歯根と根管形態は他の歯と比較して,バリエーションが多い(図4). CBCTを用いたわれわれの既報告3) において下顎第二大臼歯の歯根では単根性から3根性,さらに樋状根が観察されているが ,これらの歯根形態のうち2根性が57.7%と多かった.一方,樋状根の出現は欧米人ではまれであるが,日本人では比較的多く,われわれの既報告3) では39.9%の頻度でみられた.加えて,少数ではあるが,より複雑な歯根形態である舌側に過剰根を伴う樋状根が0.7%の頻度で観察された(表3)3) .根管数に関して,2根性歯の根管数では2根管から4根管までみられ,頻度はそれぞれ2根管が24.5%,3根管が30.8%,4根管が2.4%であった.一方,単根性歯では歯根の中央を根管が走行する単根管,3根性歯では3根管,樋状根では樋状根管のみが観察されている3) (図4).
単純X線写真による観察では,樋状根における真の根管形態を十分に把握することが困難である.また,骨植の良好な樋状根の抜歯は困難となる可能性が高く,樋状根の根管形態は複雑であるため,抜歯や根管治療の術前にはCBCTで下顎第二大臼歯の歯根と根管の形態を診断する必要がある.術前には2根と診断されていた樋状根,抜去歯の舌側には長軸方向の深い溝,2つの根尖孔がみられる(図5A, B).
表3 下顎第二大臼歯における歯根形態の頻度
図4 下顎第二大臼歯における歯根数と根管数
図5A 樋状根
図5B 樋状根
歯槽骨のフェネストレーション
従来のエックス線写真での検出が困難であるフェネストレーションは対象歯の11.8%に認められた.フェネストレーションの頻度は上下顎前歯部で高かった(図6A,B).フェネストレーションの診断にはCBCTが有用な検査法であることが示唆された(投稿中).
図6A フェネストレーションの頻度
図6B フェネストレーションの歯種別頻度
下顎管の分岐
臼後窩での下顎管の分枝である臼後管の頻度は39.6%であった4).臼後管内には神経血管束が走行しており,自家骨採取や下顎埋伏智歯抜歯に伴う損傷によって, 出血や知覚異常が生じる可能性が示唆されている.距離計測の結果,臼後管の骨表面での開口部である臼後孔は最後方臼歯に近接した位置に存在する場合があり(図7)5),特に埋伏智歯抜歯や自家骨採取において,その損傷に留意すべきである.
図7 臼後孔の位置
下顎骨切歯管
下顎骨切歯管(MIC)は下顎管のオトガイ孔より前方への延長である.MICの頻度は 91.0%であった.MICの長径は9.9 ± 6.0 mm,口径は1.8 ± 0.7 mmであった. MICは皮質骨下縁から平均11.5 ± 2.6 mmに位置し,やや下方に向かい,皮質骨下縁から平均9.3 ± 2.6 mmの高さで切歯部へと連続していた.CBCTによるMICの検出はオトガイ孔間での手術術式に有用な情報を与える6).
埋伏智歯に関連するう蝕と歯根吸収
パノラマX線写真とCBCTを評価した結果,埋伏下顎智歯が60~75˚と大きく傾斜し,第二大臼歯歯頸部に近接している場合には,第二大臼歯の歯根吸収が出現する頻度が高いため,智歯の予防的抜去が推奨される7).
引用文献
- 小川 淳,關 聖太郎:歯科用コーンビームCT画像における日本人の歯根と根管形態の観察—上顎小臼歯部—.日本歯内療法学会雑誌 41: 16〜21, 2020年.
- 小川 淳,關 聖太郎:歯科用コーンビームCT画像における下顎第一大臼歯の歯根と根管形態の観察.日本歯内療法学会雑誌 38: 93〜98, 2017年.
- 小川 淳,關 聖太郎:歯科用コーンビームCT画像における日本人下顎第二大臼歯の歯根と根管形態の観察.日本歯内療法学会雑誌 39: 12〜18, 2018 年.
- Ogawa A, Fukuta Y, Nakasato H, Nakasato S: Evaluation by dental cone- beam computed tomography of the incidence and sites of branches of the inferior dental canal that supply mandibular third molars. British Journal of Oral and Maxillofacial Surgery 54: 1116〜1120, 2016年.
- 小川 淳,福田喜安,島田 学,中里 紘,中里滋樹:歯科用コーンビームCT画像における臼後管の観察.日本顎顔面インプラント学会雑誌 12: 225〜228, 2013年.
- Ogawa A, Ikeda Y, Kogi S, Takahashi N, Nakasato S, Izumisawa M, Fujimura A, Yamada H: Assessment of the incidence and course of mandibular incisive canals in a Japanese population with cone-beam computed tomography. Oral Science International 19:193~198,2022年.
- 池田 裕之介, 小川 淳, 川井 忠, 高橋 徳明, 泉澤 充, 藤村 朗, 山田 浩之:埋伏下顎第三大臼歯に関連するう蝕と歯根吸収についての X 線学的検討.岩手医科大学歯学雑誌48:67-74, 2024年.
ランチョンセミナー
エビデンスに基づいた口腔内スキャナーの口腔インプラント治療への臨床応用
講師:深澤 翔太先生
岩手医科大学歯学部歯科補綴学講座
冠橋義歯・口腔インプラント学分野 准教授
1.はじめに
デジタルテクノロジーの歯科治療への応用により,ここ数年で口腔内スキャナーを用いた光学印象法の臨床応用が飛躍的に拡大している.口腔内スキャナーを用いた光学印象法は,直接患者の口腔内を撮影し,歯の表面形状を描出する手法であり,支台歯,対合歯や咬合に関する情報を,リアルタイムで画像データとして記録することができる.すでに,口腔内スキャナーによる光学印象法の,インレー,クラウン・ブリッジなどの適合精度に及ぼす影響については多くの報告があり,近年では口腔インプラント治療における精度に関する報告も増加している.しかしながら,口腔インプラント治療においての口腔内スキャナーの適応範囲は,少数歯欠損症例に推奨されているのが現状で,精度の観点から,多数歯欠損症例で応用可能かどうかは明らかにされていない.そこで本研究では,口腔内スキャナーの精度検証を基に,口腔インプラント治療における臨床応用可能な欠損の大きさについてすることを目的とした.
2.口腔内スキャナーの精確性(真度,精度)について
口腔内スキャナーにおける印象採得の印象精度に関しては,精確性(Accuracy)で評価される.精確性(Accuracy)は,真度(Trueness)と精度(Precision)で構成されている(図1,2).真度(Trueness)は,測定対象物の実際の寸法からどこまで外れているかを示す.高い真度は測定対象物の実際の寸法に近い,またはほぼ等しい結果を示す.精度(Precision)は複数回の測定結果が互いにどの程度近いかを示す.その再現性が高いほど,より予測可能な測定となる.評価を行う上で真度と精度の2つの項目が必要なのは,たとえ平均値が基準値に一致しても,ばらつきが大きいと正確な測定ができているとは言えないからである.
図1:真度(Trueness) 基準値からどれくらいのズレが生じているか.
図2:精度(Precision) 全体の工程を繰り返し行った際にどれくらい再現されているか.
ここで模型実験を示す.インプラント体にボールアバットメントを締結した基準模型を「基準模型A」とする(図3).
この基準模型を使用して,各ボールアバットメント間の直線距離を計測し,口腔内スキャナーの真度と精度について検証を行った.結果は,一部の口腔内スキャナーを除くものの,20 µm前後の真度の誤差を有していた(図4).精度の誤差に関しては10 µm前後であった(図5).過去に我々が報告したシリコーンゴム印象材を使用した従来の印象法による2~3歯程度の欠損範囲の精確性は,真度で22.5 µm,精度で12.5 µmであった.このことから,少数歯欠損における口腔内スキャナーの精確性はおおよそこの範囲内にあることが明らかになった.
また,「基準模型B」を製作し,基準模型Aよりもボールアバットメント間の距離をさらに増加させた際(青線部),真度,精度がどのように変化するのかを調べた(図6).この実験では,基準模型Aと比較して口腔内スキャナーによる真度,精度は,ボールアバットメント間の距離が増加するとともに誤差が増加した(図7,8).
さらにフルアーチを想定した「基準模型C」を製作し,真度,精度がどのように変化するのかを調べた(図9).その結果,口腔内スキャナーによる真度,精度は基準模型Bよりも誤差が増加した.特に,ボールアバットメント間が一番遠い部位(AE間,黄色線部)よりも,スキャンした距離が長い部位(AG間,紫線部)で誤差の増加が顕著であった(図10~13).
3.ロングスパン症例への影響,現状のスキャン範囲
結論として,口腔内スキャナーによるスキャンの距離が増加するほど,誤差が増加する傾向を認めた.これは距離が増加するにつれ,データの合成頻度が多くなり,誤差の増加が生じていると推察できる.この点からフルアーチやロングスパンを想定するような症例では,口腔内スキャナーは未だ精確性に課題を残しているのが現状である.現段階では,本実験結果からは,スキャン範囲は最小限にとどめることが重要であることが示唆され,3ユニットまでのインプラントブリッジであれば臨床応用できる可能性があると考えられる(図14).今後,ハードウェアやソフトウェアの改良,印象法の模索により,多数歯欠損症例の印象精度における問題を解決していく必要がある.
図14:口腔内スキャナーによる光学印象で製作されたインプラントブリッジ