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Basic concepts of the Modern Periodontal Therapy
生物学に基づく歯周治療
講師:竹内 泰子 先生
(東京都開業)
PART1; 生物学に基づく歯周治療
今日の歯科医療は歯科医師による治療というよりも患者ニーズに対する対応が最も重視される。歯科医師が最新の機器や最新の手法を駆使しても結果として天然歯を喪失することは歯科医療に対する失望とあきらめを招く。今こそ過去の歯科医療を振り返って検証することにより、歯科医療への希望と信頼を積極的に獲得する機会になることを願う。
2005年厚生労働省の発表によると歯を喪失する原因は智歯の抜歯や矯正治療を目的とする抜歯が14%、歯周病が42%でう蝕は32%、破折が11%を占めるという。破折はそのほとんどが無髄歯であることから抜髄に至った原因はう蝕にあるという推察から、破折とう蝕を含めると歯を喪失する原因の8割以上がう蝕と歯周病あるいはその両方である。成人の9割以上がむし歯の罹患経験を有し、40歳以上では抜歯の原因の約4割がう蝕である。成人のう蝕歯は二次う蝕とともに歯周病で生じた露出根面の根面う蝕が特徴である。つまり、歯を喪失する二大原因の歯周病とう蝕は成人で最も多い歯周病の罹患と相関関係にあるといえる。したがって、歯周病を克服することは天然歯の喪失を減少させるもっとも近道である。しかるに臨床家にとって歯周病治療と予防は患者の信頼を得て真のかかりつけ歯科医として重要な役割を果たすことである。
なぜ歯周治療をあきらめるのか?
歯周治療をあきらめる患者側の最も多い理由は、歯周病は治らないと思い込んでいること。
同時に、術者側が歯周病を早期発見できない、発見しても確実な治療方法を知らない、また術者自身が歯周治療は難しいと思い込んでいることが多い。筆者の臨床経験においても30年前は、歯周治療は難解で複雑であり、歯周病の定義と治療基本を理解するまで時間を要した。かつて歯周病は歯槽膿漏症と称され、骨が溶ける病気であり、加齢に伴う回避できない疾患と信じられていた。その原因も咬合、栄養、免疫、細菌など様々な説が唱えられた。しかも原因も診断方法も定かではないままに歯石除去や口腔衛生指導あるいは歯周外科などの手技が優先され、結果として歯周治療はやっているけど治らない、というイメージが先行し、歯周病学は難しいものという結論に至ることが多い。事実これが日本の成人の80%以上が歯周病に罹患しているという数字(厚生労働省歯科疾患実態調査2012)に表れている。この数字は世界平均の50-60%を大きく上回り、さらに日本の過去の同調査結果を比較すると歯周病罹患率が減少傾向には至っていないという事実に反映されている。日本は歯科医師数、歯科医院数、歯科衛生士数および治療が社会保険制度に適用されていることなど、他国が羨む優れた特徴にもかかわらず、歯周病の減少に反映されていないことは残念である。
近代歯周治療の変遷
近代歯周病学はノルウェーのJens Waerhaugによる死体剖検を通して、それまでは咬合由来と信じられてきた歯周病の歯にはつねにプラークが存在し、咬合由来説の矛盾というドグマの否定から始まった。続いてHarald Löeはプラーク蓄積により歯肉炎を意図的に惹起させることを実証し、プラーク除去で歯肉炎を消退させることが可能であることをヒトの研究で証明した(ヒトにおける実験的歯肉炎)。その後スウェーデンのJan Lindheらは実験的歯肉炎に加えて歯周炎を人為的に惹起させる実験モデルの研究手法を確立し、数多くの動物実験とヒトにおける臨床研究から歯周病の原因はプラークであることをシステマティックに解明した。Jan Lindheらのグループはスカンジナヴィア学派と称され、1950年代に外傷性咬合由来原因説を提唱したIrving Glickmanを信奉するアメリカ学派と比較して歯周病学二大流派の一つと称されてきた。日本ではスカンジナヴィア学派は”リンデ教”あるいは”スウェーデンびいき”などと称され、歯周病学のマイノリティー(少数派)というイメージが定着した。しかし1995年にヨーロッパ歯周病学会とアメリカ歯周病学会の合同決定として「歯周病はプラークに起因する軟組織の炎症」と定義づけられ、ヨーロッパおよび米国ともに現在は統一見解を有する。したがって歯周病学において○○学派という呼称すら今日では存在しえない。この潮流は臨床における歯周治療のあり方をも大きく変えた。歯の動揺がみられることが歯周病の特徴とされ、その原因は咬合にある、よって歯周治療の最優先治療は咬合調整であるという昔の定説から、歯周病の原因は歯の表層に付着する細菌性プラークであり、したがって最優先治療はプラークコントロールにあるというスカンジナヴィアの理論は相反するものである。この新しい歯周病原因説を受容したヨーロッパにおいてはプラークコントロールの質の向上を目的とする歯科衛生士という専門職を重用し、歯周治療と予防効果を向上させる試みが始まり、実際に歯周病罹患率の低下という今日の結果につながっている。
Jan Lindheの後任教授となったJan Wennströmは2002年にプラークを重視した歯周治療から生体側の炎症管理に目を当てたインフェクションコントロールを発表した。さらに2000年以降に明らかにされたプラークの生態系とその環境から、バイオフィルムが歯周病の原因であり、歯周治療は軟組織の炎症を抑制する治療であり、通法のS/RPというよりもバイオフィルム除去で炎症を消退できることを示した。このバイオフィルムという呼称は、従来のプラークがその形状を示す意味であるのに対して、生体に存在することが当たり前の生態系であり、放置すると炎症の原因となる、除去すると炎症消失と予防効果を期待できる病因として用いる。バイオフィルムは、Jan Lindhe教授の教科書『The Clinical Periodontology and Implant Therapy』初版から記載されてはいたものの、2000年以降の走査型レーザー顕微鏡とDMA解析によって生態系が実証されてクローズアップされた。さらにバイオフィルムは一時として同じ状態は存在しない変化する細菌集合体であるために機械的バイオフィルム除去が最も効果的であり、抗菌剤は単独効果が期待できないことや機械的除去の付加的治療でしかないことが明確化された。
インフェクションコントロール
歯周治療は歯周ポケットの深さや骨喪失を重視し、”治癒”重視の治療から、バイオフィルム除去による炎症の”治癒”とともに軟組織の炎症を生涯にわたって継続的に炎症を抑制する”予防”と並列する歯周インフェクションコントロールへと舵を切った。歯周病の診方(診査)の解釈も歯周ポケットの深さ(PPD)重視から歯肉の炎症の有無を表すプロービング時の出血(BoP)の有無が重視される。PPDが5㎜を超えないポケットにおいてはBoPが認められないこともあるという事実からインフェクションコントロールのエンドポイントを示す目安となる。PPD3㎜を超えると自動的に歯周病であり、PPD3㎜以下にするという従来のドグマは完全に崩壊した。
治療様式も従来の歯周治療で行ってきた一歯単位の徹底的な汚染物質の除去と根面の滑沢化よりも、口腔内伝播を回避するためにできる限り短期間でバイオフィルムの選択的除去を一口腔単位行う方向へと転換した。デブライドメントは通法のSRPと同じ効果があることが占められている。つまりデブライドメントは同じ効果を得られるのであればより短時間の処置と生涯にわたって繰り返し行うことができる手技である。バイオフィルム中の細菌の生態系の解明も進み、スライム層の存在やバイオフィルム中の細菌の活動性低下という生態系の特性や歯周病原因菌と称されるPorphyromonas Gingivalisであってもバイオフィルム中とその外に存在する場合では異なる遺伝子型(Pormorpholism)を有することから、薬剤による破壊除去効果は期待できないことも明らかにされ、一時過熱気味の様を示した歯周治療への薬剤によるアプローチ(全身的及び局所的)は鳴りを潜めることになった。
バイオフィルムと歯石除去
一方でバイオフィルムの機械的除去効果に関する研究は歯石とバイオフィルムの違いや除去効果および歯根面の性状変化など、歯石除去重視のS/RPの問題点を浮き彫りにした。しかもNymanら、Schwartzらによる臨床研究で歯肉縁下歯石表層のバイオフィルム除去だけで軟組織の炎症は消退する事実が示され、さらにMooreらにより歯周病の生化学的な原因であるバイオフィルムに起因する細菌の内毒素(LPS)は歯ブラシなどの弱い力と水流でほとんど除去することができることが示されると、従来は通法とされていたスケーリング・ルートプレーニング(S/RP)の手法も大きく見直しされた。
臨床的にはハンドインスツルメントによるS/RPにかわり、バイオフィルムと歯石を除去できるピエゾ型超音波スケーラーによるデブライドメントとスケーリングで良好な治癒とともに通法のS/RP後に生じる知覚過敏などの不快症状も軽減し、治療期間の時短化を図れることも臨床研究で証明された。これらの一連の研究では超音波振動による歯石の破壊とともに超音波によるキャビテーションによるバイオフィルム破壊除去効果からピエゾン®(EMS スイス)が選択された。また、バイオフィルム除去のためのエアポリッシングとしてグリシンパウダーを用いたAir-Flow®(EMS スイス)、続いて深い歯周ポケット内のバイオフィルム除去に用いるPerio-Flow®(EMS スイス)が開発された。今日では粒子径がグリシンパウダーの半分のエリスリトールパウダー(PLUS)を用いることによってより効果的なバイオフィルム除去とともに、う蝕予防効果および歯肉炎抑制効果も示唆されている。しかしいかなる技術革新も使用する術者が十分に根拠と正しい使用方法を理解したうえで使用するのでなければその卓越した効果を臨床に反映することはできない。
まとめ
歯周治療の器具器材の発展と新しい治療様式の目覚ましい進化により、患者が望まない外科治療を減少させることができることは患者にとっても術者にとっても大きな恩恵である。さらに第11回ユーロペリオコンセンサスミーティングで発表されたインフェクションコントロールの臨床の基準をシステム化したプロトコール(Guided Biofilm Therapy:GBT)を導入することで、より迅速・効率的で効果的なサポート治療と予防を行うことが可能になった。この新しい流れが歯周治療は難しいというイメージを払しょくさせるとともにストレスが少ない臨床を可能にし、歯周治療が術者と患者両方にとって身近なものとなることで歯周病罹患率の減少と予防につながることを期待する。
PART2; インプラント治療を受けた患者のメインテナンス
インプラント治療はもはや歯科臨床においては通常の治療の一部といえるほど普及しているが、同時にインプラント治療に対しての評価は歯科専門家および患者ともに賛否両論である。歯科専門家においてはインプラント自体への不信感、インプラント治療後の症例を通した経験から湧き出る不信感が否定的意見の代表的なものと思われる。歯科定期受診が定着するスウェーデンにおいてインプラント治療の長期経過は数多く報告されているが、インプラント治療後数十年間にわたり健康に機能する症例が報告されていることも事実である。一方歯科定期受診が根付いていない日本においては治療後の長期経過を示すデータはほとんどゼロに等しい状況である。とくにインプラント治療後は患者にとって新しい歯、人工物だから悪くなることはないという期待からインプラント後のメインテナンスに応じる患者が少ないことも事実である。しかるにインプラント治療後のメインテナンスについては、まず第一に定期的歯科受診の定着が最大の課題である。多くの場合は天然歯を維持できなかった結果として歯を喪失し、インプラント治療に至っているという状況は、天然歯が存在する間に喪失を防ぐことでインプラントに至らずに済むことを示している。天然歯を喪失する原因はそのほとんどをう蝕と歯周病が占めている事実は厚生労働省の調査結果によっても明らかである。う蝕と歯周病という口腔二大疾患を適切に管理することにより天然歯の喪失を防ぐことができるといっても過言ではない。すでにインプラント治療を受けていても天然歯が残存している症例がほとんどである。インプラント治療後のメインテナンスはインプラントの維持以上に残存する天然歯の健康状態とその維持に焦点を当てるべきである。言い換えるとバイオフィルムマネジメントを定期的に行うこと、つまりインフェクションコントロールがインプラント治療後のメインテナンスの鍵となる。
インフェクションコントロールはインプラントにも有効か
かつてはインプラントにプラークは付着しない、インプラントは天然歯とは異なり疾患は生じない、などと言われた時代があったが、今日ではインプラントにも天然歯と同様に、天然歯に付着するバイオフィルムと類似菌叢のバイオフィルムが付着し、インプラント周囲軟組織は歯周組織と同様にバイオフィルムに反応することが多くの研究から明らかにされている。つまりインプラントにも歯周病と類似した疾患が生じるという事実である。事実インプラント後のトラブルは10年以上経過すると急激に発現率が高まることが近年の研究で示されている。インプラントのメインテナンスで起こり得る問題には技術的トラブルと生物学的偶発症がある。技術的トラブルは複合構造体であるインプラントにおいてはネジのゆるみや上部構造物の破損および脱落、インプラント体の破折など、定期的メインテナンスで早期に発見対応することにより大きな問題となる前に解決可能なトラブルである。しかし生物学的偶発症は早期発見するも患者自身に不自由がないために治療に応じることは少ない。むしろ欠損部に新しい歯ができて噛めるから、痛くないから問題ないはず、という意識が優先することから疾患を発見しても治療に応じないのは当然である。生物学的偶発症は早期発見が深刻な事態に移行することを阻止できる唯一の方法である。つまり天然歯における歯肉炎とまったく同様の病態を示すインプラント周囲粘膜炎の時点で発見対応することが進行した病態であるインプラント周囲炎の発現を減少させることが最も重要である。インプラント周囲粘膜と歯肉炎は全く同じ病態であることが示されているにもかかわらず、インプラントにおいてBoPの発現率が高いことは多くの研究で報告されている。この理由はi)天然歯とインプラントの構造的相違、ii)プラークコントロールの複雑性、iii)患者心理など、プラークコントロールが不十分であることに起因すると思われる。つまり残存天然歯のプラークコントロールと同様にやっているつもりでもインプラントに付着したバイオフィルムが十分に除去されていないことが多いことは臨床で実感する。磨かなくてはいけない部位が天然歯の部位よりも深く位置し、周囲粘膜は歯肉ではなく粘膜であること、さらに天然歯よりも直径が小さいインプラント正円径であり、多くの場合は上部構造物辺縁部に関心が向くために貫通粘膜付近にブラシが当たっていないという事実である。したがってインプラントと天然歯が混在する場合は磨くべき部位を患者自身がしっかりと理解していること、インプラントと周囲粘膜を傷つけないでインプラント周囲を網羅できる器具と方法を選択すること、セルフケアで取り残したバイオフィルムを定期的に除去することが求められる。インプラント周囲炎は歯周炎と同様に炎症が進行した病態ではあるが、歯周炎よりも炎症の波及範囲広く、進行速度が速く、炎症組織の構成成分も異なり、その病理及び組織学的病態は全く異なるものである。臨床においてはBoPと深い歯周ポケットに加えて、X線上の骨吸収および排膿が認められることが特徴的である。したがって治療方法も歯周炎の治療方法をそのまま踏襲できるものではないもののインフェクションコントロールが最優先される。さらに歯周炎の予後はメインテナンスを伴う限り良好で、再発が極めて少ないものの、インプラント周囲炎は外科による廓清を行ってもおよそ4年間しか治療効果を維持できないことも報告されている。この理由はほとんどのインプラント体の表面性状が加工された粗造な表層であるために付着したバイオフィルムの確実な除去が困難であることが理由の一つである。かつて機械研磨のインプラント表層を表面加工することでインテグレーションまでの期間を短縮することができたという。しかしその結果としてインプラント周囲軟組織の健康寿命を短くしてしまう結果につながったことは皮肉である。どのくらいインテグレーションを早めることができたのだろうか。このことがインプラントの寿命を縮める結果につながっているのではないだろうか。露出したインプラント体の表面からバイオフィルムを完全に取り除くことの難しさは患者自身によるまたは専門家によってさえも困難な処置であることは明白である。
近年インプラント周囲炎と残存歯の歯周炎の関連性が注目されているが、多くの研究で関連性が示されている。つまり残存歯の歯周病を放置した状態でインプラント治療を行った場合はインプラント周囲炎の発現率が高まるという結果である。このことはインプラント治療に至る前に残存歯の歯周疾患を改善することがインプラント治療の予後に影響するという事実である。またインフェクションコントロールで歯周疾患のコントロールを行うことは定期的歯科受診の習慣化につながる。インプラント治療後に定期的歯科受診を習慣化するためにもインプラント治療前に歯周インフェクションコントロールを定着させることがインプラント治療の成功の鍵となる。 一方で、天然歯もインプラントもバイオフィルムさえ採っていれば十分と過信して過剰に繰り返したり、あるいはバイオフィルムを見逃した場合には長期的メインテナンス自体が問題を作り出すこともある。しかも患者がメインテナンスに熱心であるほど問題の種が増すことは皮肉である。インプラントのバイオフィルムマネジメントはインプラント貫通粘膜辺縁のインプラントに付着したバイオフィルムをチタン表層に傷をつけることなく適切に除去することである。チタン表層のスクラッチ(ひっかき傷)を最小限にすることはバイオフィルムの蓄積とその除去効果に大きな影響を及ぼす。したがってバイオフィルムと歯石除去時はチタンの性状に及ぼす影響を最小限にできる器具と手法が求められる。バイオフィルムに焦点を当てたエアフロー®(EMS社)とペリオフロー®(EMS社)や歯石の有無をセンサーコントロールできるスマートピエゾン®(EMS社)は天然歯のみならずチタン表層も傷つけることなくバイオフィルム除去可能な機器であることからクローズアップされている。もちろん良好な結果を得るためには機器の有無とともに正しい使用方法を習得することが重要であることは言うまでもない。
インプラントの長期維持と将来的に起こりえる不測の事態の回避こそがインプラント治療の大きなテーマであると考える。
安易なスケーリングおよびPMTCなどの従来の手法はインプラントにおいては悪化の原因になることはあまり知られていない。メインテナンスを行うほどに悪化する部位が増すのでは患者の信頼を得ることも、メインテナンスの定着も望めない。それどころかインプラント治療自体の評価さえも貶めるものである。長寿高齢化社会だからこそ生活の質を高めるインプラント治療に期待せざる負えない患者もいる。今一度インプラントのメインテナンスについて再考する機会になることを願う。
ランチョンセミナー
アメリカでの補綴事情最前線
講師:佐藤 理一郎 先生
(米国 ハワイ州 ホノルル市開業 岩手医科大学歯学部 客員教授)
1995年にハワイに渡り、ホノルルの地で「ホノルル歯科医院」を開業し、早くも22年が経ちました。日々患者さんの診療にあたり、心に思うことをわたくしの限られた経験からですが日米の歯科診療の違いなどに注目し、述べていきたいと思います。
まず、わたくしが現在診療しております場所について述べますと、ハワイは観光地としても有名で毎日のように4,000人前後の日本からの観光客が訪れています。そして、ハワイを訪れる人なら必ず立ち寄るAla Moana Shopping Center一角にあるAla Moana Buildingというビルの中に開業しています(Fig.1)。Ala Moana Shopping Centerは全米でも7番目に大きなShopping Centerで観光客だけでなく、地元の人たちも多く利用する場所です。 このAla Moana Building はいわゆるメディカルオフィス・ビルで20階建てのビルの中にそれぞれ独立した診療所を構えて開業しています。医療系では歯科医院が最も多く、歯科医師の延べ人数は60人ほどにもなります。日本人のドクターが開業しているオフィスはわたくしどもの歯科医院のほかに内科、外科、婦人科、小児科、眼科などあります。
ハワイ州を訪れたことのある人であればよく分かると思いますが、ハワイ州はアメリカとは言え、アメリカ本土とは一風変わった印象があります。また、ハワイはアメリカ本土から離れているため、歯科に関する情報も遅れがちになるのではという印象を持たれる方もいると思います。そこで、ハワイ州の歯科レベルをアメリカ本土と比較する一つの指標として最新の歯科装置を有する歯科医院の数で比較するという方法があります。現在、開業医さんで最新の歯科装置と言えば、Digital X線装置、Cone Beam CT-Scanner, Digital Scanner, Milling Machine, や Microscope などが挙げられます。この結果、ハワイの開業医さんはアメリカ本土の開業医さんよりやや高い平均値を示しています(Fig.2。)つまり、ハワイではアメリカ本土の平均に比べより最新の歯科診療にアップデイトしているということになります。この理由として考えられるのはハワイ州には歯科大学が無いため、歯科医師免許の取得や更新の条件が厳しいので、開業医の先生方は卒後研修を積極的に受け、最新の歯科知識や技術を身につけるのに熱心であると言うことでしょう。
アメリカのFixed Prosthodonticsについて
理想的な補綴治療を考えた場合、アメリカも日本もさほど大きな違いはないと考えています。しかし、そこへのアプローチについてはそれぞれの文化的影響、歯科医師および患者さんの教育の違い、それとオフィスの運営システムの違いによっては現実の補綴治療計画は影響され、最終補綴物の違いが生じることがあります。アメリカのシステムの中で補綴治療計画に及ぼす影響で日本と差異があるとすれば以下の3つが挙げられます。
1)Shared Responsibility
2)Ferruleのない歯牙についての治療計画
3)患者さんのNeeds and Demandの影響
Shared Responsibility
21世紀のアメリカでの歯科診療はほぼ全国的に専門医時代に突入しています。
Medical のように患者さまは最初はかかりつけの内科の先生Family Doctorを受診し、必要があればそれぞれの専門医、心臓外科とか内分泌であるとかに依頼します。
Dentalも同様に最初に General Dentistを受診し、必要に応じ専門医に依頼され治療(口腔外科による抜歯や手術、歯内療法での抜髄など)を受けます。アメリカではこれを患者さんに対して「Shared Responsibility」の治療計画と言います。日本においては歯科医、特に開業歯科医はAll Mightyですべての歯科治療を最初から最後まで行うことが一般的であると思います。しかし、アメリカの一般歯科医はむしろ積極的に専門医を紹介し、その患者さまの治療に最善な専門医をコーディネイトする役割を担います。このようなシステムの背景にはアメリカにおいての医療訴訟の多さが関係します。 日本では歯科医師と患者さんのあいだにトラブルが発生した場合、所属する歯科医師会がサポートすることシステムがあると思いますが、アメリカではそのようなことはないので要所要所において第三者ここではそれぞれの専門医の判断を入れることにおいて治療の方向性を明確にしておくことが可能になります。このためにもお互い信頼のできる専門医と良い関係を作っておくことは非常に大切なこととなります。また、最近では保険の審査もさらに厳しさを増し、保険からの支払いを受けるために専門医の診断を添付する必要がある場合もあります。
Ferruleのない歯牙についての治療計画
Ferrule Effect は歯根全周に渡って75%が歯肉縁上高さ2mmと幅1mmの歯質があることを示し、これを満たさない歯根は歯根破切や補綴物が脱離しやすい原因となることを意味しています。アメリカの多くの歯科医師はこれを基に治療計画を立ています。
日本ではわたくしを含め、このような症例の場合多くの先生方は保存的な治療から試みるのではないでしょうか?また、その方法はほとんどの患者さんにとっても希望する方法であり、なるべく抜歯するのを先延ばしする傾向が見られます。しかし、アメリカでは歯科医師は合理的な考えなのか、Ferruleのない歯牙の予後は悪いから無駄に保存しなくても良いという考えが多いです。患者さんも時間と金銭的な二度手間をきらい、割とあっさりと抜歯の診断を受け入れてインプラント,ブリッジ、部分床義歯などの治療にすすめていきます。
アメリカにおける患者様の Needs and Demandの影響
アメリカの雑誌やテレビでは「歯は白」ということを常に強調してます。このことから基本的に先生側および患者さん側は共にそのような考え方を持っています。白い歯の主な補綴物としては、Semi-precious メタルを用いる陶材焼付鋳造冠、金を用いたCaptek、All Ceramic の Empress 冠,や CAD-CAM を用いた EMAX や Zirconia 冠が主流となります。この中で、EMAXとZirconia 冠が人気上昇です。
CAD-CAMについて
全米でDigital Scanningを実際に用いている開業医は11%となっていますが、歯科業者の話によりますとハワイではそれを上まわっていて15%位になっています。現在、Sirona社のCerecの使用者が一番多いですが、最近 3Shape社の Trios の売り上げが増えています。 AnalogueとDigital Impression の比較ですが、マージンは全てシャンファー型で、透明感が高いPorcelainやZirconia Blockを用いるので、歯肉縁または歯肉縁上マージンが多いです。
CAD-CAMは患者さんに対する関心度・教育に非常に有効で、もしなんらかの理由で再製作をする場合、再印象をする必要がないので時間的・金銭的にも有効と思われます。印象材やトレーも必要ありませんから、材料費の節約にもなります。実際に Scanner を用いてから技工物の再製作も殆んどありません。ただし、支台歯形成に少し工夫が必要で、なるべくScanner が読み取りやすく再現しやすいように角ばっていないなめらかな曲線にしなければなりません。Milling Machine および電気蝋まで含むシステムをそろえた方が時間とお金の節約になると思います。
CAD-CAMの機種の比較ですが、アメリカの4大Scannerの種類と特徴をまとめますと、Fig.3のようになります。
アメリカのRemovable Prosthodonticsについて
アメリカの半分以上の部分床義歯は加熱重合レジン系のものです(Fig.4)。Best 4にはDraflex, Valplast, TCS, Flexiteなどが上げられ、それぞれの特徴はFig.5のようです。私はFlexiteを使用しています。これの特徴は強度的および弾力性に優れていて、研磨および院内修理も可能であることです。Claspの部分が破切したりしたら、Kitを用いて修理することも可能です(Fig.6)。
まとめ
先にも述べましたように、症例によって患者さんに与えられる補綴治療計画の選択は根本的に日本とアメリカは違いはありません。しかし、各国における歯科医師の教育・考え方、患者さんの希望、や診療システムの相違の影響によって最終補綴物が変わってきます。この場合、どちらの方が良いか悪いか、正しいか間違いかではなく、歯科医師は患者さんに治療計画の選択権における利点・欠点を全て説明し、患者さんを教育する義務があります。最終的に、理解した上で患者さん本人が治療計画を選択させるのが大切だと思います。つまり、歯科医師という職業はテクニッシャンだけではなく、教育者でもなければなりません。
歯科業界における歯科材料や歯科に用いる様々な装置は毎年常に変化しています。そこで、新製品や最新の歯科器具が必ずしも良いとは言えませんが、それによって治療計画や治療方法は直接影響されるのは現状です。新しいものには必ずLearning Curveが伴います。これに対応する経営のCost Efficiency, 先生および従業員のTime Factor, やStress Levelなどのリスクを理解および覚悟した上で新しいものを取り入れるか入れないかを決めなければなりません。
最後に、専門医時代に突入した歯科業界や訴訟問題が増えりつつある現状の中で、日本での歯科における一般開業医の役割も変わってくると思います。今世紀は「情報交換時代」で、患者さんは歯科に対する知識、理解度や要求度も高まっています。現在、全ての治療をする一般開業医よりも、一般開業医と専門医が上手に連携しているTeamworkの場所を選ぶようになると思います。患者さんはこの方が治療における成功率も高かくなり、安心してスムースな治療を受けれる考えに変わってきます。