岩手医科大学
歯学部同窓会

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第51回(平成28年3月20日)

歯周治療におけるいくつかの個人的な疑問を、症例と論文を通して考える

西堀 雅一 先生
西堀 雅一 先生

講師:西堀 雅一 先生
(東京都開業)

歯周治療には目的に応じて様々な治療法があり、その有効性を確認するために、患者を対象にした臨床研究が行われてきた。その結果には肯定的な論文と同時に否定的な論文も存在し、定見が得られるまでに多くの研究と相応の時間がかかることも多い。現在はシステマティックリビューを頂点としたEBMが重用され、経験のみに基づいた治療法はその正当性を失いつつある。一方、統計の手法によっては、バイアスが大きく影響する可能性もあり、臨床にあたってはフェアな態度が望まれる。今回、外科治療と非外科治療の比較、歯周病と全身疾患との関わり、歯周組織再生療法、歯周病と咬合、歯牙喪失と咬合などについて現状の知見と臨床における意義を考えてみたい。

1. 外科治療と非外科治療の比較

歯周治療における目的の一つは歯根面をきれいにすることにある。アクセスすることが楽な部位であれば、スケーリングを中心とした非外科治療で十分対応できる。一方、臼歯部などの複根歯や深い垂直性骨欠損が存在する部位などアクセスが難しい部位は、歯周外科治療を行うことでより確実な郭清が可能である。以前は、歯周外科治療ありきの治療計画が中心であったが、プラークや喫煙、糖尿病など歯周病における危険因子の管理がより重要であると認識されるようになり、役割も変化してきた。歯周外科の方法論は以前ほど重要ではなくなってきている。患者の審美性や術後の知覚過敏、根面カリエスなど、歯周外科治療のマイナス面にも考慮した現実的な対応が望まれる。

2. 歯周病と全身疾患の関わり

歯周病と全身疾患との関わりは古くから言われている。いくつかの研究結果から、糖尿病が管理されないと、歯周病が悪化しやすいことがわかっている。一方、最近では糖尿病患者における歯周病が管理されることで、血糖値の管理がより容易になるとも考えられてきている。歯周病によって惹起される局所の炎症がサイトカインを通してインスリン抵抗性などに影響を与えるとするものである。多数の研究が行われてきたが、統計的な手法や対象の選択などに困難があったことから、その傾向は認められるもののいまだ確定的な結果が得られていない。日本歯周病学会のガイドラインでは以下のとおりに述べている。「重症の歯周病はインスリン抵抗性を介して、あるいは炎症を介して糖尿病患者における心血管病変あるいは腎症の発症や進行に影響を与える可能性があるとするものの、確定的な結論を導き出すためには介入により歯周治療の効果を確認する必要があるため、現時点で断定はできないものの、少なくとも歯周炎症― インスリン抵抗性― 血管障害― 心血管・腎障害の連関の可能性は示唆されるとしている。」
歯周病と心血管病変との、糖尿病を介さない直接的な関わりについても報告されているが、この点についても将来の研究が必要とされている。
われわれ臨床家としては、ことさらにその関係性を強調する強い根拠はないものの、口腔内を清潔に保つことが患者の健康に深く関わっているといった説明が必要であろう。

3. 歯周組織再生療法

歯周病治療に関わるものとして、失われた歯周組織を再生することには常に関心がある。GTR法やエムドゲインが現在多用されている。垂直性骨欠損、II級分岐部病変に対してその有効性認められているものの、その確実性に関しては疑問が呈されている。
再生療法を行うにあたっては患者の希望を十分に確認し、費用や時間あるいは手術による不快さなどを考慮する必要がある。多くの患者は歯の保存を希望することから、再生療法に過大な期待を寄せる傾向がある。誰が見てもはっきりとした素晴らしい結果を得ることは比較的少なく、通常の歯周外科治療に比べて多少付着の獲得が多いといった程度の説明が適切と考える。垂直性骨欠損など適応を吟味し、適切なテクニックを用いることでより確実な結果を得ることができるかもしれない。

4. 歯周病と咬合性外傷

炎症の管理されている状況では外傷の影響はほとんど無く、炎症と外傷が混在した状況の場合、外傷が付着の喪失を加速させる可能性があるかもしれないということが動物実験を通じて示されている。しかしヒトの研究で、この点が明確に示されたことはない。
歯周病における咬合性外傷の影響は二次的なものと考えられている。また、その影響の程度については、未だ明らかにされていない。そのことから、米国歯周病学会は、現状では臨床において咬合治療に意味があるのかないのかを示す証拠もないと説明している。
個人的には、歯周治療を目的として、積極的な咬合治療は行っていない。多くの研究が行われてきたにも関わらず咬合治療の効果を明確に示すことができず、したがって、もしその効果があるとしてもそれほど大きなものではないと想像されるからである。ただ、痛みを伴う急性症状がある場合は痛みの管理を優先し、必要に応じて咬合調整を行う。

5. 歯牙喪失と咬合

前述したように、積極的な歯周治療が終わり、炎症の管理が行われているメンテナンス下の患者では、咬合性外傷の影響は小さく、それに連続する歯の喪失は起こりにくい。
それでは、歯牙の喪失に関して咬合は無関係なのだろうか。付着の減少した歯牙は二次性咬合性外傷から逃れるように移動する。その結果、臼歯部の近遠心移動、咬合高径の低下、前歯部の唇側傾斜、前歯部咬合誘導の喪失、臼歯部に対するさらなる二次性咬合性外傷などが生じる。このような状況は一般に臼歯部咬合崩壊と言われている。放置すれば、歯牙の病的移動は進行し、咀嚼や発音、審美性に問題が生じる。特定の歯牙に強い外傷が働くようになり、移動によって力から逃れることができない時、炎症の管理が行われていたとしても、歯根破折、セメント質剥離、脱臼などが生じる可能性がある。特に失活歯でこの傾向が顕著にあらわれ、抜歯に至ると考えている。咬合が歯牙の喪失に関わるとすればこのような状況が想像されるが、特殊な状況と考えられ、症例数はそれほど多くないだろう。
歯周病によって生じた咬合の変化についてどのように対処すればよいのであろうか。多くの歯周病罹患患者では適切な炎症の管理が行われる限り、咬合が歯周病を悪化させ、歯牙喪失に関わる可能性は低いと考えるべきであろう。失活歯では歯根破折のリスクが高まることが想像されることから、失活歯に対しては咬合力が極端に集中しないような配慮が望まれる。一方、咬合性外傷による歯牙喪失の恐れから咬合治療あるいは補綴治療をおこない、それに付随して抜髄処置を行うことは最も避けるべき治療であると考えている。失活歯と歯根破折との関係は深いと考えられるが、咬合と歯根破折の関係に対しては明確なエビデンスがないことが理由である。

まとめ

歯周病に関する概念や治療法は時代とともに少しずつ変化してきた。以前は様々な概念が経験に基づき語られることが多かったが、現在では統計的手法をもって判断することが主流である。統計的手法は時に私のような統計の門外漢にあっては難解で、本質を捉えることができず表層の理解で終わってしまう危険が常にある。しかし、この大きな潮流は臨床家としても避けて通る訳にはいかないだろう。
もちろん、統計的に正しいことが個々の患者にそのまま役立つとは限らない。今までの経緯や、患者の気持ちを尊重したEBMの利用が望まれる。

歯周治療
西堀 雅一 先生

ランチョンセミナー

iPS細胞で歯をつくる?歯科再生研究の現状とこれから

大津 圭史 先生
大津 圭史 先生

講師:大津 圭史 先生
(岩手医科大学 解剖学講座 発生生物・再生医学分野 講師)

 急速な高齢化が進む中、失った歯や歯周組織を限りなく元あった状態に回復させる事は歯科医療究極の目的であり、そのニーズはますます増加すると考えられます。
 組織を修復・再生させるためには1)細胞、2)足場、3)増殖因子が必要ですが、その中でも特に最近、幹細胞 (Stem cells) についての研究が活発化しています。幹細胞は自己複製能と多分化能を持つ細胞であり、我々の口腔内にも組織幹細胞として存在し、組織の恒常性維持や創傷の治癒・再生などに寄与しています。
 一方、2006年に京都大学の山中伸弥先生によって発表された人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、患者様自身の細胞から作ることができる幹細胞であり、歯・歯周組織の再生を可能にするものとして大きな期待を集めています。
 我々は近年iPS細胞を象牙芽細胞や骨に分化させることに世界で初めて成功し、歯の再生への可能性を示しました。また現在では 体内の様々な細胞からiPS細胞が作られることが報告され、特に口腔組織の細胞から効率的に作製できることも分かっています。さらに最近、国の科学技術・学術審議会iPS細胞研究ロードマップのなかに歯の再生が取り入れられ、10年後の臨床応用をめざし、歯の再生研究が国家プロジェクトとして動き出しました。
 組織再生は、その組織の発生過程を人為的に再現させる事にほかなりません。よってこれを成功させるには、基礎研究を通して得られた歯や歯周組織の新しい発生メカニズムを再生研究にフィードバックさせる事が必要不可欠です。今後はiPS細胞をはじめとする新規技術の開発と、発生学基礎研究の2つが両輪となって歯科再生を発展させていく事が期待されます。

iPS細胞から作製した歯
大津 圭史 先生