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再石灰化理論に基づく初期齲蝕治療のすすめ
講師:飯島 洋一先生
(長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 社会医療科学講座 口腔保健学 准教授)
表層下脱灰病変は齲窩がないため酸産生菌は病変内部に侵入しないが、酸がエナメル質の内部に浸透しミネラルを溶出した結果である。再石灰化処置によってpH条件の改善やミネラルの供給とフッ化物応用によって、脱灰せずに残った既存のミネラルを核に再石灰化現象が発現しやすい。再石灰化ミネラルは耐酸性能を有し歯質を保護する。フッ化物の有無は耐酸性の程度に影響を与える1)。耐酸性ミネラルの形成にはフッ化物イオンの存在は不可欠であるが、再石灰化反応それ自体はフッ化物がなくても発現する。フッ化物の存在下で再石灰化した初期エナメル質齲蝕は耐酸性となる。
専門的応用法であるフッ化物ゲルの予防効果[D(M)FS]は28%であった。セルフケアとしてのフッ化物配合歯磨剤の効果は、同じ指標で24%であった。乳歯隣接面でのう蝕発病率(dfs)については26%であった。この研究成果からフッ化物配合歯磨剤の上手な使い方が示唆された。齲蝕予防効果のある上手なフッ化物配合歯磨剤の使い方は、研究が行われた地域の名前をつけてイエテボリテクニック(図1)とも呼ばれている。その勘所は、
- 湿らした歯ブラシに歯磨剤を1cm(約1g)つけ、
- 歯磨剤を歯面全体に広げ、
- 約2分間歯みがきをする。歯みがき中は必要以上に吐き出さないようにする。
- 口腔内で歯磨剤は泡立つので、
- 少しの水(10ml)を口に含み、
- 1分間は頬を一生懸命動かし、洗口液のように使う。
- 吐き出した後は、追加のうがいをしないで、
- 2時間は飲食を控える
という方法である。最大のポイントは歯みがきをした後、少しの水で、いわゆる「ぶくぶくうがい」をすることにある。ここに紹介した方法は、研究対象者の年齢は4歳であることを考慮している。児童生徒から成人の場合は、歯ブラシに取りだす歯磨剤の量が少し多くなるだけで、同じように使用することで効果が期待できる。フッ化物配合歯磨剤の原則的な使用法として推奨できる。さらに、フッ化物配合歯磨剤+いずれかの他の局所応用製剤との組み合わせはフッ化物配合歯磨剤の単独使用に比較して、10%の付加効果が認められた。
再石灰化には唾液本来の機能を模倣した重炭酸塩イオンによる緩衝能向上と必要とされる3つのミネラル成分(Ca/P/F)を供給することが大切である2)。さらに、脱灰抑制、再石灰化促進、耐酸性向上のため、口腔環境には常に低濃度のフッ化物イオンを保つよう唾液機能の補完を行う必要がある。それにより、脱灰病変内の酸性状態は緩衝能を通じてpHは改善し、液体エナメルである唾液中のCa/Pが脱灰病変内部に浸透、ミネラルとして結晶化し再石化現象が発現する。その時、フッ化物の存在によって再石灰化したミネラルは明らかに耐酸性となり、再度の酸によっても脱灰をしない再石化ミネラルによって歯は保護されるようになる3)。臨床的に行う再石灰化処置の基本は、脱灰抑制-再石灰化促進の機能を有する唾液の長所を最大限に活用し、欠点を補う点にある。最大の欠点は唾液中のフッ化物は再石灰化を促進するには、低すぎる濃度である。したがって上述したようにプロフェッショナルケアとセルフケアの組み合わせで臨床応用することである。今日では再石灰化機能を促進する食品が利用可能である。これら食品は歯質の保護機構である脱灰-再石灰化-耐酸性機能に注目したハイテク商品であり、初期う蝕病変の可逆性と進行停止をもたらす特定保健用食品である(表1)。セルフケア商品として患者さんに利用を推奨できる。さらに最近では、CPP-ACPはエナメル質の脱灰を抑制し、再石灰化を増強するという第一段階の機能に加えて、その再石灰化部位は耐酸性機能を有している4)。CPP-ACPを含有するMIペーストを用いて矯正歯科治療後のブラッケ周囲に形成された白斑(WS)の改善に関する大規模ランダム化比較対照試験に基づく臨床疫学データが報告された。ブラケット周囲に形成されたWSを齲窩にさせない具体的方法が例示された。本稿の内容を理解し、これらの方法を模倣することがWSを齲窩にさせない最短の近道である。すなわち、定期的なフッ化物利用+再石灰化促進効果のあるMIペースとの利用+特定保健用食品の利用によって再石灰化処置は完結する。
近年のMinimal Interventionの概念の発展は、齲蝕処置のコンセプトを大きく変えました。従来の「外科的」処置への反省の機運が高まるとともに、「内科的」アプローチへの転換の必要性が指摘されています。そのキーワードは再石灰化にあります。齲蝕は初期に再石灰化を意図して介入することができれば予防可能な疾患です。日々の臨床でこれらのことを実践されることを期待しております。
文献
- Y. Iijima and O. Takagi: In situ acid resistance of in vivo formed white spot lesions. Caries Res. 34: 388-394, 1999.
- Tanaka K, Iijima Y: Acid resistance of human enamel in vitro after bicarbonate application during remineralization. J Dent., 29(6):421-426. 2001.
- 飯島洋一:フッ化物についてよく知ろう-う蝕予防の知識と実践、デンタルダイヤモンド社、東京、2010年4月出版。
- Iijima Y, Cai F, Shen P, et al.: Acid resistance of enamel subsurface lesions remineralized by a sugar-free chewing gum containing casein phosphopeptide-amorphous calcium phosphate. Caries Res. 38 (6): 551-556, 2004.
顕微鏡下での歯内療法
講師:野田 守先生
(岩手医科大学歯学部 口腔医学講座 歯科医学教育学分野 教授)
過日は、歯学部同窓会主催の講演会に多数ご出席いただきありがとうございました。当日は同窓の諸先生方から熱心な質問も頂戴し、非常に楽しく盛り上げて頂き、このような機会を得ることできたことをとても幸せに思っています。中野先生をはじめ関係の先生方にこの場を借りて重ねてお礼申し上げます。当日の全てとはいかないまでも、極力簡潔かつわかりやすく講演内容について事後報告をさせていただきます。
また、報告が遅れましたことをお詫び申し上げます。今後とも何卒よろしくお願いいたします。
1.細菌学、口腔内の細菌の分類と検出法
既にご承知のことと思われますが、口腔内に見られる疾患の多くは感染症です。従って、どのような細菌が常在しているかを今一度簡単に振り返って見ました。
細菌の分類の一つとしてグラム分類が一般的です。これは単にクリスタルバイオレットによる細菌細胞壁の染色性による違いであり、病原性とは全く関係はありませんが簡便明瞭で古くから用いられています。口腔内には様々な細菌が常在していますが、齲蝕や歯髄炎と関連する細菌としてはStreptococcusをはじめとするグラム陽性の通性嫌気性菌が関与することが多く、慢性歯周炎、いわゆる歯周病にはPorphyromonasを始めとするグラム陰性の偏性嫌気性菌が深く関与することが知られています。
2.難治性感染根管とその原因菌
感染根管の中でも、特に症状の改善が見られず治療に苦慮するケースいわゆる難治性感染根管と呼ばれる症例があります。1990年代の後半から多く取り上げられるようになりました。私が以前所属しておりました北海道大学でも、医科歯科大学や九州大学と共同で原因究明や治療法について研究を進めてまいりました。
根管内から得られる微量な浸出液からの細菌検出について分担研究を行いました。その結果、長期化した症例ではグラム陽性の通性嫌気性球菌が多く検出されますが、Enterococcusが比較的多く検出される傾向にあり、抗生物質耐性傾向が強いことが示されました。
3.感染根管の考え方
当時は、感染根管の原因菌を同定し、薬剤耐性傾向を調べて適切な抗生物質を使用することで治療法につなげようとするのが考え方の主流でした。しかし、その後の多くの研究で、齲蝕、根尖性歯周炎や慢性歯周炎に関与する細菌がバイオフィルムという複雑な細菌構成をしていることが明らかとなり、単独の抗生物質でこれらの疾患に対処することが困難であることが徐々に明らかになりました。
薬剤を用いての原因療法として求められるのはこれらのバイオフィルムを除去するかバイオフィルムを構成する細菌叢を変えることが必要となります。現時点でこれを満足する薬剤はないと思われます。
4.顕微鏡下での根管治療
今日では歯科領域でも当たり前のように用いられている顕微鏡や拡大鏡ですが、当初は口腔外科の手術で使用される事が多かったようですが、歯周療法や歯内療法の分野でも利用されるようになって行きました。
極めて当たり前のことですが、顕微鏡を使うことで暗い術野を明示して処置できるだけでなく、カメラやビデを併用することで記録を取ることが可能になります。それらの記録により症状の経時的変化を客観的に知ることが出来ます。さらに、患者さんへの説明に際してもとても効果があります。
5.臨床実習と臨床研修
今回の講演内容とは直接の関係はありませんが、現在、歯学部は国家試験合格率が低迷し、入学志望者も減少して非常に苦しい状況を迎えております。この状況を打破すべく、昨年度より臨床実習のカリキュラムを大幅に改革しました。見学中心の実習から、以前行われていた実践型の臨床実習に切り替えました。
臨床研修の方もひと足早く内容を充実させるように努力してまいりました。
私の赴任いたしました総合歯科は、赴任当時の月別患者数が900名程でしたが、現在では1800名程に増加しています。それだけ、研修医が充実して研修を行えることを目指してスタッフ一同努力しています。
教育に関する努力が実を結ぶには時間が掛かります。H23年度では国家試験はある程度改善し、全国平均に近いレベルに達することができました。この結果をさらに伸ばして行くには、同窓の先生方のご協力無しには実現することはできないと痛感しています。
どうかこれからも岩手医科大学・歯学部に同窓の先生方のご助力を賜ることができるように、私たちも努力していく所存ですので、何卒、ご協力をいただきたいと思います。
本日は長時間にわたり、ありがとうございました。
ランチョンセミナー
障がい者歯科の現状と歯科治療
講師:久慈 昭慶先生
(岩手医大歯学部 口腔保健育成学講座 障害者歯科学分野 准教授)
近年、当科では内部障害の患者は減少し、精神遅滞や自閉症、脳性麻痺などの患者の割合が高くなってきている。
精神遅滞は知能が低いため周囲の環境に対応する能力が低いが、行動調節に比較的反応する。自閉症は認知の障害であって感覚にも障害があり、行動調節の効果は出にくい。脳性麻痺は脳に原因をもつ先天的運動障害であるが、不随意運動や原始反射など、患者本人も制御不能でつらい症状は歯科治療にも不都合である。
当科では上記患者の歯科治療を正確かつ円滑に行うため、あらゆる行動調節を使用している。まず心理的方法は、患者の気持ちを歯科治療を受ける方向に導く方法である。具体的には、オペラント条件付けや系統的脱感作法、モデリング法、カウント法などである。あと、自閉症の患者には、TEACCH programの応用、脳性まひの患者には生理学的方法が薦められる。
当科では上記の行動調節法で効果が見込めない場合、薬理学的方法の中の日帰り全身麻酔を多用している。この方法は入院を必要としないため、患者や付添い人にも好評である。
患者に、どの行動調節がふさわしいのかは、障害の種類や重症度の他に、患者個人の性格、当日の歯科処置の種類、体調などが影響しているようである。したがって術直前に最終判断を下すこともある。取り外しの義歯などの適応なども意外と患者個人の性格が大きく関与しているようである。