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深い歯周ポケット=歯周病?
「長期経過から考えるペリオ「力による歯周組織への影響」
~知ってもらいたい習慣性咀嚼側に生じる咬合性外傷~
講師:内田 剛也 先生
(鶴見大学歯学部歯周病学講座 臨床教授・神奈川県川崎市 内田歯科医院 院長)
1.はじめに
歯周組織再生に関する研究の進歩により、骨移植術と歯周組織再生誘導法(GTR法)や、エナメルマトリックスタンパク質(エムドゲン®)が臨床応用されてきました。また2018年より、遺伝子組み換えヒトbFGF(リグロス®)が保険治療でも行えるようになり、歯科医師にも患者さんにも福音となっているのではと思われます。ところで、私が歯周病専門医であることもあり「歯周病で抜歯して、インプラントにすると言われました。本当に助かりませんか?」というご相談を受けることが多いと感じています。多くの場合、歯周組織破壊が進行していて保存不可能が適切な診断と思われる症例です。しかし「歯周病菌に由来する慢性歯周炎が主たる歯周組織破壊の原因かな?」と思われる症例も少なくありません。その様な症例で歯周組織再生療法を行った場合、思わしくない経過をたどることになるかもしれません。
2.受圧サイドの支持力の向上から荷重負担(外傷性咬合力)の制御
中等度以上に進行した歯周炎では歯周組織の支持能力が低下するため、2次性咬合性外傷を生じます。このため外傷性咬合のコントロールがプラークコントロールと同様に重要となります。これまで咬合性外傷のコントロールは、力を受け止める側(受圧サイド)の支持力の向上を目的として、病的移動した歯の歯軸やトゥースポジションの改善(図1)、広範囲な連結固定や(図2)、残存歯の保護の観点から可撤性部分床義歯やインプラント補綴による欠損補綴(図3)などの口腔機能回復治療が行われてきました。しかし最近では、加わる外傷的な咬合力(荷重負担)のコントロールを目的とした認知行動療法や覚醒時ブラキシズム、日常の習慣(態癖)などにも注目が払われて来ています。
3.習慣性咀嚼側と顎関節円板転位側
利き手、利き足、利き眼、利き耳などの側性と同様に、咀嚼においても側性があり、習慣性咀嚼側と表現されており、健常有歯顎者では、多くの場合に大きな影響を与えることなく存在しています1)。しかし咀嚼の偏りが顎関節症2)に関連する報告もあり、偏りの程度によっては顎口腔系に大きな影響を与える場合もあります。片側性関節円板前方転位している症例では、転位側が習慣性咀嚼側となり、硬い食品を咀嚼する際にはその傾向が強くなることが皆木ら3)により報告されています。この関節円板前方転位側は、顎関節症で最もよく見られる病態であり、顎関節症患者の約60~70%に認められます。転位側での作業側側方運動時に顆頭の運動範囲が増加することから4)、転位側の歯や歯周組織に過大な力が加わることが考えられます。顎関節症と咬合性外傷との関連性を研究した荒木ら5)の報告では,顎関節痛障害(Ⅱ型)と顎関節円板障害(Ⅲ型)で,顎関節の患側と同側での咬合性外傷の存在に相関性を報告しています。 著者もこれまで、習慣性咀嚼側では外傷的咬合による知覚過敏症や咬合痛、歯の異常な咬耗(図4)、歯髄の失活(図5-7)、度重なる補綴装置の破損や脱離や、進行した歯槽骨吸収(図8-12)や歯の病的移動を認める症例を多く経験してきました。長期的に歯周組織を安定させ、機能を維持するためには、歯周組織に炎症や咬合性外傷を誘発しないように配慮することが重要です。関節円板転位を伴う症例では「受圧サイドの支持力の向上を目的とした歯列保全のための口腔機能回復治療」に加え、「外傷性咬合力(荷重負担)の制御を目的とする顎位の是正(顎関節治療)や認知行動療法」を、メインテナンスやSPTを考慮して治療計画(図13)に取り入れていく必要があると感じています6)。
4.咬合と顎関節症
現在「咬合は顎関節症の原因としての関連性が少ないという見解」が一般的となっています。しかし、顎関節治療と咬合を切り離すことができるかというと不可能であり、顎関節症状発現と同時に咬合の不調和が生じ非生理的咬合となります7)。関節円板転位で経過の短い症例では保存的治療により生理的咬合を回復できる症例も少なくはありません。しかし転位後の経過が長い症例(顎関節に生じた異常症状に自覚のないまま経過したと思われる症例)では、習慣性咀嚼側で歯や歯周組織がダメージを受けて、進行した咬耗や歯冠破折、垂直性骨吸収や歯の病的移動などにより咬合高径の低下を生じている場合が少なくありません。顎関節の保存的治療により顎位の改善が得られた結果、下顎は下前方に移動し、臼歯部では咬合接触が失われ咬合の不調和が生じる事になります。そのような症例では、咀嚼機能改善のために治療介入により治療的咬合を獲得する必要性があります(図14-16)。
5.顎関節円板転位とブラキシズムがもたらす様々な咬合性外傷
著者が歯科医師になった35年前に比べ、プラークコントロールの不良によるう蝕は激減しましたが、咬合由来(マイクロクラック)のう蝕が増加してきていると感じています。例えば「ちゃんと歯ブラシしているのに虫歯になった。」と不平をもらされる患者さんの首の状態を拝見するとストレートネックとなっていることが多いと感じています。ストレートネックとなっている患者さんでは下顎が後退位を取ります。この状況にブラキシズムが加わると、7番(あるいは歯列の最後方歯)に過重負担となり、歯は圧下されてフェストゥーンやプロービング時の出血、歯の破折(図17)を認めることも少なくありません。PCやタブレットの普及が進み、ストレートネックの患者さんの数は増加していると考えられます。歯ブラシだけではう蝕の予防が出来ない場合もあることを含め、歯や歯周組織へのダメージを与える外傷性咬合の存在を、患者さんに啓蒙していく必要が出てきています。 顎関節円板転位のある症例では転位側での習慣咀嚼とブラキシズムにより、咬耗が進行して側方運動のガイドがグループファンクションとなっている場合も少なくありません。関節円板転位のない症例でも、軽く噛み合わせて側方運動した時の作業側顆頭の移動量は0.3~1.2㎜なのに対して、最大に噛みしめた時の移動量はその2~3倍に増大します(図18)。関節円板前方転位のある症例では顆頭の移動量はより大きくなると考えられます。このため軽く噛み合わせて側方運動した時に作業側で犬歯から第2大臼歯まで均等にガイドしているグループファンクションでは、睡眠時のパラファンクションでグラインディングを行うと、顎関節に近接する後方歯ほど著しくジグリングが起こります。このため第2大臼歯に過重負担が生じます8) (図19)。この際、下顎の頬側咬頭は機能咬頭であり加わった力を支持組織の比較的広い範囲に分散でき歯冠破折や歯周組織破壊までは至りませんが、非機能咬頭である舌側では、力が頬側に集中し冷水痛(図20)や咬合痛、動揺、歯周組織が健常であれば歯根破折を生じることになります。
6.まとめ
習慣性咀嚼側では主咬合力側や主接触側となる場合が多く、知覚過敏症、歯の失活、歯の破折以外にも、歯内療法や歯周治療に対する組織の改善が思わしくないなどの外傷性咬合による影響を認めることが少なくありません。このためメインテナンス時には、プラークコントロールだけではなく、顎関節と下顎位の安定にも配慮し、患者さんにも生活習慣での姿勢が下顎位に大きく影響することを認識してもらうことは,プラークコントロールと同様に大切なことだと思います。
(追記)
本内容をより良く理解して頂くために「小出馨の臨床が楽しくなる咬合治療:デンタルダイヤモンド社」と「日本臨床歯科補綴学会の基本8カ月コース」(図21)を推薦致します。
参考文献
- 佐々木 真,吉川 建美,細井 紀雄. 習慣性咀嚼側に関する検討―健常有歯顎者についてー. 日咀嚼誌,12:43-48,2002.
- 檜山 成寿,今村 尚子,小野 卓史,石渡 靖夫,黒田 敬之. 習慣性咀嚼側の発現と咬合因子. 顎機能誌,6:1-10,1999.
- Ratnasari A, Hasegawa K, Oki K, Kawakami S, Yanagi Y, Asaumi JI, Minagi S. Manifestation of preferred chewing side for hard food on TMJ disc displacement side. J Oral Rehabil ,38:7-12 ,2011.
- 大沼 智之,森田 修己. 正常者と関節円板前転復位型患者における側方滑走運動時の作業側顆頭の運動解析, 補綴誌,44: 808-813, 2000.
- 荒木 久生,宮田 隆,申 基喆,元村 洋一,小林 之直,池田 克己ほか. 歯周疾患といわゆる顎関節症が併発した症例についての臨床検討, 日歯周誌,37: 158-168, 1995.
- 内田剛也, 松島友二,長野孝俊,五味一博 顎関節症を有する重度歯周病患者への包括的治療の1症例 日歯保存誌,61(1)48-57,2018
- 小宮山道. 顎関節症に関するドグマ―顎関節症の治療における補綴歯科治療の役割は何か― . 補綴誌,3:329-335,2011.
- 小出 馨. 小出馨の臨床が楽しくなる咬合治療.クラウン・ブリッジ(有歯顎)の咬合ポイント② 第1版,デンタルダイヤモンド社,東京,2014,58-65
日常診療における難抜歯の要点 事後抄録
講師:阿部 亮輔 先生
(岩手県立中央病院 歯科口腔外科医長)
日常診療における抜歯は、トラブルが生じることなく終わるよう確実な結果が求められる。なるべく患者様へのストレスなく短時間で抜歯を終わらせることができれば、治癒も良好に経過する。近年の超高齢化社会において、多数の薬剤を内服している有病者患者が増加し、なるべく残根上義歯などにして保存を試みても、最終的には炎症を惹起して抜歯が必要になり、抜歯の際に歯根の弯曲や肥大などで難抜歯となり苦労することがある。残根や埋伏歯などの難抜歯をより円滑に行うためには、術前の全身評価、局所の評価はもちろんであるが、抜歯の基本的な術式、手技の理解が重要であり、ある程度の経験やテクニックが必要である。
①注意すべき全身疾患
当然のことだが、問診、既往歴の聴取を十分に行う。抜歯にあたって注意すべき全身疾患は多数あるが、今回は時間の関係もあり高頻度で遭遇する5つの全身疾患に絞って、簡単に説明した。長く通院している患者の中でも特に高齢者は、内服薬が変更になっている可能性もあるので、お薬手帳などを確認し抜歯前にはあらためて一度聞き直すべきである。詳細不明な場合や病状が安定しない場合は、主治医への情報提供も必ず行う。
また最近ではコロナワクチンの接種の有無や接種時期も確認が必要である。日本口腔外科学会では局所麻酔下での抜歯の場合、ワクチン接種後3日以上経過していることを確認すること、また、抜歯後であれば1週間以上経過し、鎮痛剤や抗生剤などを副用していないことを確認したうえで、ワクチン接種を許可するよう推奨している。
高血圧症患者は抜歯の際にはモニター監視下で行うのが良い。血圧が上昇すると、めまい、動悸、頭痛などの症状が現れることがあり、創部の止血も困難となることがある。精神的な緊張が要因であれば静脈内鎮静法などの併用を考慮する。術中収縮期血圧が200以上で中止、180以上で中断、160以上で要注意を目安に、治療をすることがすすめられている。麻酔薬はアドレナリン含有キシロカインを使用することが多いが、歯科麻酔学会では高血圧症患者の局所麻酔は2Ct以内が推奨されており、それ以上であればシタネストやスキャンドネストの使用を考慮する。
狭心症、心筋梗塞患者では病態が安定している場合は抜歯は可能だが、通常抗血小板薬、抗凝固薬を継続しながら抜歯を行い、局所止血で対応する。特に抗凝固薬のワーファリンに加え抗血小板薬が1剤ないしは2剤併用している方は局所止血を行う必要がある。PT-INRが3以下であれば通常の抜歯は問題ない。3以上で難抜歯が必要な状況であれば、医科の処方医に対診を検討する。
糖尿病は様々な合併症を併発することが多く、抜歯の際にもこれはコントロールされた状態での抜歯を行う。目安はHbA1cが7以下で抜歯を進めるようにするが、緊急性を要する抜歯も多く、下がるまで待てない時もあるので、内科医と相談の上、抗菌薬投与下に抜歯を行うこともある。
骨粗鬆症はBP製剤、抗ランクル抗体投与中の患者への対応が重要で、以前は抜歯前の休薬も推奨されていたが、現時点ではその根拠に乏しく、休薬を否定する医師も増えて意見が未だにわかれている。休薬せずに患者説明を十分に行った上で、抜歯をすることが多い。抜歯後の抗菌薬投与を必ず行い、可能な範囲で閉鎖層を意識して縫合する。
②患者説明
まずは自分でできる抜歯かの判断を行い、無理な症例は口腔外科専門機関への紹介を行うこと。ただでさえ抜歯前の患者さんは緊張していることが多く、やさしく丁寧な説明が必要である。
埋伏歯抜歯をはじめとする難抜歯は、偶発症が生じることもあるため、しっかりと同意書まで取得するべきで、なるべく説明当日の抜歯は避けた方がよい。患者とのトラブルの原因は、手技よりも、「聞いていなかった」という説明不足に起因しているものが多く、下顎の知覚鈍麻などは十分に患者さんに知っておいてもらう必要がある。
処置にあたっては、余裕を持ったアポイントをとって、なるべく30分以上はかけないよう時間を意識することが大事である。また、清潔で自分にとって使いやすい機械、器具を適切に選択する。埋伏歯抜歯においては明視野下における直視直達手術が基本である。自分でやりやすいポジショニングを覚えておく。適切な骨削除、歯牙分割がなされていれば過剰な力は必要ない。
スタッフとの連携が重要であるのはいうまでもないが、特に手術中は抜歯にはまったリすると、緊張感や術者へのストレスから、イライラしがちになる。一番緊張しているのは患者であることを考えながら、慌てずに患者に声をかけ、抜歯を完了するのが重要である。
術前評価として、埋伏歯は抜歯前にCTでの精査が有用である。
③残根抜歯のポイント(図1)
残根抜歯は視野を確保し、術野を明示すること。
切開して歯牙を明示すること、複根歯は迷わず分割する。
④下顎埋伏智歯の抜歯のポイント(図23)
まずは下顎の埋伏智歯の難易度分類を理解し、ステップごとに基本に忠実に実施する。難易度に伴った切開線設定が重要。確実な歯冠分割が鍵となる。
⑤上顎埋伏智歯の抜歯のポイント(図456)
上顎は視野が得られにくいため、切開線、術野明示が重要である。
上顎は分割せずに抜歯を行うことが多い。
⑥抜歯の偶発症とその対応(図7)
抜歯の全身的、局所的偶発症について。
さまざまなことを念頭におきながら適切な対応が求められる。
本レクチャーでは、口腔外科専門医の立場から、より安全確実に抜歯を行うために、術前の診断から、残根、埋伏歯の抜歯の要点、術後のマネージメント、偶発症への対応までの内容を説明した。 これから抜歯を覚え実践する研修医の先生から、普段臨床でご活躍されている開業医の先生たちの明日からの日常臨床に、少しでもお役に立てば幸いである。