岩手医科大学
歯学部同窓会

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第63回(令和1年10月20日)

午前・午後の部

歯周組織再生療法の今
 -「この歯は何故悪くなったのか、そしてどのように治してゆくべきか」

水上 哲也 先生
水上 哲也 先生

講師:水上 哲也 先生
(福岡県福津市開業)

 歯周治療の目標は天然歯列を生涯にわたり維持することである。
そのため私たちは日常臨床において歯周病に罹患した歯の歯周病学的パラメーターの改善を行い、適切な咬合機能が得られた状態で長期にわたりメインテナンスしてゆくことが求められる。
 治療において大切なことは全体像の把握と局所の把握を合わせて行うことである。具体的には患者単位の診断、一口腔単位での診断、そして患歯における診断がこれに相当する。一口腔単位でのリスク因子には歯列不正、プラークコントロール、バイオフィルムの質、パラファンクションなどの過度の咬合性因子などがあげられる。感染により歯周病が進行した状況下ではパラファンクションなどの過度の咬合和性の因子は病変をエスカレートさせる可能性がある。近年、進行した歯周病罹患歯に対する外科的治療として歯周組織再生療法が選択される機会が増えてきたが外科処置を選択する前程として適切な病態の診断や個々の患者におけるリスク因子の評価に加えて的確な歯周基本治療が重要であることは言うまでもない。これらの初期の基本的な治療過程を経て歯周外科処置は選択実行される。
 次に、歯周組織再生療法を成功に導くためにさまざまな要素があるが、なかでも適切な要素としてフラップデザインの選択について説明したい。
 1980年代な半ばに温存型のフラップデザインの原形とも言える口蓋からの切開デザインがEvianによって提唱され、このデザインは歯間乳頭を温存するためのフラップデザインとして Papilla Preservation Technique がTakei,Hanにより発展して永く歯周組織再生療法に適したフラップデザインとして用いられている。しかしながら近年、より侵襲度の低いミニマル型のフラップがHarrelやCortellini,Tonettiらにより提唱され多くの臨床医に用いられるようになってきた。これらこれらの従来型、即ちコンベンショナルなフラップデザインとミニマルなフラップデザインの違いは単にフラップの大きさの違いというよりもコンセプトの違いが大きいと感じている。
 今回の講演では先ずは全体的像としての歯周病のリスク因子の整理と悪化する要因についての考察、そして咬合性因子の改善と治療目標としての適切な咬合機能の回復と維持について述べさせていただきたい。また、講演の後半部分では現在歯周組織再生療法に頻用される数々のフラップのデザインを整理しどのような症例にどのように用いるべきかについて解説したい。そして最後に自身の中長期にわたる臨床例を呈示し、経過に対する考察を行いたい。


ランチョンセミナー

疾病予防から健康創成へ  - 光誘導蛍法QLFの基礎と臨床 –

稲葉 大輔 先生
稲葉 大輔 先生

講師:稲葉 大輔 先生
(岩手医科大学歯学部 口腔講座・准教授)

<キーワード>
サルトジェネシス(健康創成 salutogenesis)、光誘導蛍光法 QLF、初期齲蝕、
バイオフィルム、口腔臨床検査

 近年、医療は疾病の治療から予防へとパラダイム・シフトが進み、予防は治療の対極にある健康達成の手段と目された。しかし、予防も「病気の予防」という語法が示すように、あくまでも病因論(pathogenesis)を軸にした概念で、必ずしも健康の増進を保証するものではない。そこで、予防に加え、健康創成(サルトジェネシス salutogenesis)という、健康主軸の概念が提唱されている。 ただし医学的に疾病の分類は数千もある一方、健康の定義・分類は系統化されておらず、医学は今もほぼ「疾病の科学」である。
 健康とはなにか。健康の原義は「治癒」であり、生命体が変化や侵襲に対し統合的に反応して状態を自発的に回復する体内システムである。ちなみに、健康の語源 health は動詞 heal(治る)の名詞である。ただし、治癒が有効に働くのは、病的変化の初期に限られ、病原リスクや侵襲が過大であれば治癒は限界となり発症に至る。よって、我々はリスクの低減に加え、体内にある治癒システムを良好に保つ努力が必要である。なお、治癒システムが起動する契機は生体が検出する初期兆候 sign であるため、健康=治癒の支援には、予防に加え兆候検出と治癒力の支援・増強が医学的に必須である。ただし、多くの疾病では兆候がほぼ不可視なことが問題となっていた。口腔疾患も例外ではない。
 これを解決する手法として、我々は QLF(Quantitative Light-induced Fluorescence?光誘導蛍光法)の原理(図1)を応用した蛍光撮影カメラ QLF-D を 2008 年に開発した(図 2)。この装置は、波長 405nm の青紫色可視光の照射により歯から励起される緑色蛍光とバイオフィルム由来の赤色蛍光を映像化するもので、後述する様々な兆候や症状の可視化・定量が可能である。なお、2015 年以降、QLF の臨床モデルが順次開発され、現在は研究から臨床用、患者向けを含め6機種が利用可能である(図2)。
 QLF で可視化・定量が可能な状況を表1ならびに図3、4に概括した。すなわち、緑色蛍光は健全エナメル質、同部の初期齲蝕と初期の酸蝕症、咬耗、歯根露出などを可視化する特性がある。一般に、これらの歯質病変部の緑色蛍光は健全部よりも散乱するので、外部に透過する蛍光が減少して暗部として確認される。この差分が緑色蛍光減少率ΔF (%)という指標で、この値と脱灰深度は高い相関性を有する。また、ΔF(%)と赤色蛍光強度ΔR(%)はともに初期齲蝕の検出管理を主目的とした診断法ICDAS II の基本コードに対応しており、QLF法は視診による ICDAS診断のエラーを補い、診断を自動化する手段として有用であることが示唆されている。このほか、緑色蛍光は歯冠色材料やファイバーポストなど材料固有の蛍光を可視化できるため、材料と歯質の判別や処置方針の決定等に有用である。
 一方、口腔細菌に由来する赤色蛍光は、成熟プラーク、歯石、舌苔細菌、感染歯質、隣接面齲蝕、潜在齲蝕、クラック・破折、修復物の不適合部などを明瞭に視覚化できる。とくに最近の画期的な知見は、QLF-D で測定した舌苔の蛍光強度が口臭レベルと有意に相関し、口臭に関し感度 0.72 の検出特性を有することが確認されたこと、ならびに初期齲蝕への対処としてフッ化物応用と resin infiltration のいずれを選択すべきかが QLF の測定値から判別できることが解明されたことである。
 以上、本報告では、QLF の基礎とその臨床を症例に基づき解説するとともに、口腔医学が予防から健康創成へと向かう新たなシフトのなかで、QLF という兆候の可視化テクノロジーが果たす意義・役割を考察した。今後の課題は、初期兆候の可視化が健康=治癒にどのようなアウトカムをもたらすのかを臨床疫学的に解明し、健康のサイエンス確立を目指すことにある。
 稿を終えるにあたり、本報告の機会を頂いた本学歯学部同窓会の皆様に厚く御礼申し上げます。

QLFの検出特性と可視化対象
QLF の原理(模式図)
図1 QLF の原理(模式図)

健全歯では 405nm の青紫色可視光線(Qray)で緑色蛍光が均一に励起され、QLF-D で採用したフィルターにより、画像としては白色領域として可視化される(a)。一方、健全歯面内に初期う蝕があると、その部位は蛍光の散乱等により暗部(茶褐色)として観察される(b)。細菌由来の赤色蛍光は、エナメル質表層下の感染歯質では輪郭が滲んだ赤色部として(c)、また歯面表層に露出しているバイオフィルムでは輪郭が明瞭な赤色領域(d)として視覚化される。

ICDAS II 基本コードとQLF測定値
QLF の現行機種
図2 QLF の現行機種(2019年7月現在)

a QLF-D Billuminator(QLF 研究用モデル), b Qレイ・カム(臨床用 QLF-D)、c Qレイカム・プロ(臨床用QLF-D)、d Q レイペンC(ペン型 QLF-D)、e Qレイビュー・デュアル(405nm 可視光照射器、f Qスキャン・プラス(一般向け QLF 装置)、(b,c は国内未発売、製品情報?www.qlf-jp.com)

QLF 症例画像1
図3 QLF 症例画像1

a 成熟プラークおよび縁上歯石、 b ブラケット除去直後(成熟歯垢、歯石、ブラケット位置の脱灰が観察される)、c CR辺縁不適合部に侵入したバイオフィルム 、d 潜在的な隣接面齲蝕(隣接面齲窩内のバイオフィルムが歯質を透過して可視化される)

QLF 症例画像2
図4 QLF 症例画像2

上段?舌苔 (舌苔細菌が特異的に可視化される)、下段?築造除去後の根管 (G 感染ガッタパーチャポイント、P 支台築造用 CR、F 歯冠修復用 CR)、a, c 白色光画像、b, d QLF 画像

参考文献

  1. 甲田恭子:QLF(光誘導蛍光定量法)の歯科臨床における有用性 ─予防歯科診療を中心に─、 ザ・クインテッセンス、38; 2019-2220, 2019. (2019年10月号)
  2. Min, J. H., Inaba, D., Kim, B. I.: Evaluation of resin infiltration using quantitative light-induced fluorescence technology. Photodiagnosis Photodyn Ther. 15:6-10, 2016.
  3. QLF 製品情報(国内)? www.qlf-jp.com
  4. QLF 解説資料? HTTPS://WWW.INSPEKTOR.NL/DOWNLOAD/WHITEPAPERQLF-11.PDF
  5. QLF 文献情報? HTTPS://WWW.INSPEKTOR.NL/#