岩手医科大学
歯学部同窓会

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第55回(平成29年5月28日)

『超高齢社会での有病者歯科診療 - 偶発症の予防と対処 -』

佐藤 健一 先生
佐藤 健一 先生

講師:佐藤 健一 先生
(岩手医科大学歯学部 口腔顎顔面再建学講座 歯科麻酔学分野 教授)

 日本の社会は、1970年に高齢化社会、1994年に高齢社会、2007年には超高齢社会を迎えました。これからの超高齢社会では、合併疾患を多数持った患者を診療していかなければなりません。歯科医にも内科的疾患の知識を持つ必要があり、超高齢社会での有病者歯科診療への対応がせまられています。
 高齢者の疾病の特徴は、1)一人で多くの疾患をもっている、2)個人差が大きい、3)同じ疾患でも若年者の場合と異なる症状を示す、4)ストレス時にみられる潜在的機能低下がある、5)慢性の疾患が多い、6)薬剤に対する反応が若年者と異なる、7)生体防御力の低下によって疾患が治りにくい、などがあげられます。高齢者に多い疾病は、高血圧症、脳梗塞、虚血性心疾患、不整脈、糖尿病、骨粗鬆症、白内障、貧血症など多岐にわたっています。
 歯科治療の多くは、患者に”侵襲”を加えるものであり、身体的侵襲と精神的侵襲があります。身体的侵襲はX線照射から始まり局所麻酔針刺入・麻酔薬注入、抜髄、インプラント埋入、抜歯などの観血的処置があります。精神的侵襲は治療に対する不安、恐怖感、不快な器械作動音・振動、口腔内切削作業などが考えられます。身体的・精神的侵襲により血管迷走神経反射などの健康な人でも起きうる偶発症や心筋虚血などの内科的合併疾患が増悪する偶発症がおこります。有病者歯科診療を行うためには、歯科治療の侵襲の程度、歯科治療の侵襲が正常な心身に与える影響、種々の全身疾患(合併疾患)、種々の全身疾患を有する身体、歯科治療の侵襲が有病者の心身に与える影響、それぞれの歯科治療の侵襲がそれぞれの患者個人の心身に与える影響、何らかの異常が起きた場合の対応策などについて考えていなければなりません。合併疾患が増悪する疾病としては、1)異常高血圧・高血圧脳症・脳血管障害、2)心筋虚血、3)糖尿病性・低血糖性昏睡、4)気管支喘息発作、5)甲状腺クリーゼ、6)副腎クリーゼ、7)てんかん発作があります。これら全身的偶発症を予防するためにはスクリーニングが大切です。スクリーニングでは”健康な人か有病者か”から始まり有病者であれば既往歴の問診、内科への対診、常用薬の確認を行います。問診で重要なことは患者さんの過去を知ることですが、患者さんの知ってることしか情報が得られません。そこで内科への対診を行いますが、歯科治療の可否だけ聞くのではなく、疾患のコントロールの良否について知ることが重要です。内服薬についても患者さんの内服状況を確認することが大切です。薬の主作用のみならず副作用・相互作用についても確認しておくことが必要です。有病者歯科治療の大まかな流れとしては、1)病状を把握して、その患者の予備力・侵襲耐容能力の評価、2)必要性と安全性から治療方法の決定、3)全身管理方法の決定、4)危機に陥ったときの手段の確認、5)モニタを装着して治療を開始することであります。有病者歯科診療の第一歩は内科的コントロールの良否を見極めることであり、有病者歯科診療の安全を確保するためにはモニタが絶対に必要です。モニタでは、1)血圧、2)心拍数、脈拍数、3)心電図、4)経皮的酸素飽和度(パルスオキシメータ)などのバイタルサインを測定します。なぜ今、歯科治療時に血圧測定をしなければならないのでしょうか。今後歯科医院には基礎疾患をもった患者さんが続々来院します。もし全身的偶発症が起こったとしても、迅速に救急処置を開始できます。したがって安全な歯科治療を行うためには血圧測定が必要なのです。血圧測定が必要な患者さんは、①高血圧の既往がある患者さん、②高齢(65歳以上)の患者さん、③基礎疾患のある患者さん、④ ①~③に該当し、局所麻酔注射をともなう観血的処置を行う患者さんなどがあげられます。血圧を測定する場所や時期は、待合室や医療面接室で測定するのは初診時、再診時であり、チェアサイドで測定するのは治療開始前、治療中(5~10分間隔で)、局所麻酔注射後などです。血圧変動にともなう歯科治療時の対応としては、収縮期血圧が≧200mmHgでは歯科治療の中止、≧180mmHgでは歯科治療を中断して安静、≧160mmHgでは要注意、いつでも中断できる態勢をとる、≦160mmHgでは歯科治療を開始、継続して可能、が一つの目安となると思います。局所麻酔薬の投与量は、健康成人ではアドレナリンの投与量が200~300μgなのでアドレナリン含有局所麻酔薬は8Ct~12Ctまでです。循環器疾患患者に対する局所麻酔薬添加アドレナリンの使用基準と心疾患患者に対する局所麻酔薬添加各種収縮薬の使用基準はスライドに示すとおりになっていますので使用基準を参考にして投与量を加減してください。モニタリングにより術前のバイタルサインのチェックを行い、術中も連続的にバイタルサインを監視することができます。緊急時では、血圧が高すぎて具合が悪いのか、低すぎて具合が悪いのか、モニタで測定すれば容易に判断できます。偶発症発症時の一般的な対処法としては、1)なんらかの異常を患者が訴える/異常を発見する、2)歯科治療を中止”慌てないで、急ぐ”、3)バイタルサインのチェック(モニタ)、4)酸素投与、5)体位変換、6)偶発症の診断、7)診断に応じた処置を行うことが大切です。スライドには歯科医師会が推奨している緊急薬品セットの薬品名、その作用と対応する偶発症について記載していますので、参考にしてください。
 末筆となりましたが、岩手医科大学歯学部同窓会会員の諸先生方の益々のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。

『補綴前外科の臨床』

山田 浩之 先生
山田 浩之 先生

講師:山田 浩之 先生
(岩手医科大学歯学部 口腔顎顔面再建学講座 口腔外科学分野 教授)

講演後抄録本文: 腫瘍切除や外傷などによって下顎骨の連続性が失われると、咀嚼機能をはじめとする顎口腔機能が相応に障害される。また、下顎の患側偏位や顔面の陥凹などによる整容的障害も必発する。このような下顎骨欠損に対する最近20年間の治療の主力は、やはり血管柄付きの自家骨(腸骨、腓骨、肩甲骨)移植である。しかしながら、これらブロック骨による再建では、下顎骨の3次元的形態を正確に再現したり、最終的な補綴治療を見据えた再建骨の形態を自由に設定することは困難である。一方、このようなブロック骨による下顎骨再建の困難性を解決するために、Dumbachらは、下顎骨の外形を模した既成のチタンメッシュトレーと自家腸骨海綿骨骨髄細片(PCBM)を用いた下顎骨再建を開発した。しかしながら、既成品であるDumbachのトレーは、下顎臼歯部から下顎枝に至る直線的な欠損にはきわめて有用であるが、オトガイ部を含む欠損の場合には、トレーと残存骨の適合に困難を伴うことが少なくなかった。そこでわれわれは、CAD / CAMの技術と歯科技工の技術を駆使することで、個々の患者の元来の下顎骨の外形を持ち、最終的な歯科補綴治療を念頭に置いた3次元的形態を付与したカスタムメイド・チタンメッシュトレーを作製し、下顎骨再建に用いている(図1~4)。本法の最大の利点は、再建下顎骨の形態を自由に設定することができることである。実際の臨床では、カスタムメイド・チタンメッシュトレーに術後の補綴治療を念頭に置いた形態を付与するとともに、患者自身の本来の下顎骨の外形をほぼ忠実に再現することができる。その結果、トップダウントリートメントの概念に則った術後の補綴治療は順調に進み、術後の顔貌に対する満足度も概ね良好であった。また、本法には特別な外科的手技が不要であり、移植骨採取部位の障害が小さいことも大きな利点となっている。
実際に本法を適用した下顎欠損患者17例を対象として、その臨床経過をretrospectiveに調査し本法の臨床的有用性について検討した。
手術は全例とも支障なく終了しており、平均手術時間は452分(275~688分)であった。PCBMの採骨量については、後腸骨稜、脛骨顆頭あるいはその両方から37~113g採取され、全症例とも再建に必要なPCBM量は確保されていた。術後経過は概ね良好であったが、3例で再手術を施行していた。1例は術後早期の局所感染により、移植骨の約半分が失われたためで、残る2例は、いずれもオトガイ部を含む下顎骨欠損を有する症例で、術後の経過観察中のトレー(1重構造)の破折に対応したものであった。3例ともオトガイ部を含む欠損様式だったので、再手術には2重構造のトレーを適用し、良好に経過している。なお、トレーの破折を経験して以来、オトガイ部を含む下顎骨再建の際には、必ずトレーの破折防止を目的とした2重構造のトレーを使用し、現在のところ全例良好に経過している。術後の顎機能は無痛開口域を用いて評価したが、平均45.6mm(30~60mm)で日常生活に支障を来しているものはいなかった。また、術後の補綴治療についても、ほとんどの症例で順調に進行していた。術後の顔貌については、ほとんどの症例で対称性を回復できており、臨床的には全例満足できる結果と思われた。本講演では、このカスタムメイド・チタンメッシュトレーとPCBMを用いた下顎骨再建の臨床的有用性を中心に様々な補綴前外科について紹介した。

シミュレーション手術、3次元石膏モデルの作成
シミュレーション通りに再建された下顎骨

ランチョンセミナー

『歯科矯正治療症例を通して歯の移動の限界と
  パノラマX線写真の早期撮影の有用性について考える』

飯塚 康之 先生
飯塚 康之 先生

講師:飯塚 康之 先生
(岩手医科大学歯学部 口腔保健育成学講座 歯科矯正学分野 助教)

Ⅰ.歯の移動の限界について考えさせられた症例

 まだ臨床経験が浅い時期に担当させていただいた症例を自戒の念を込めて紹介し、歯の移動の限界について私の考えを述べたいと思います。

症例1

 初診時年齢33歳7か月の女性。下顎前突傾向があり、前歯~小臼歯部にかけて開咬を認めた症例です。正貌ではオトガイの若干の右方偏位を認め、側貌は直型でした。パノラマX線写真では、上顎右側第一大臼歯の根充不良と根尖部の透過像を認め、上顎左側第一大臼歯、第二大臼歯は欠損していました。側面セファロでは分析の結果、前顔面高が長く、下顎骨の過成長ならびに前方位、顎角の開大と下顎下縁平面の急傾斜を認めました。正面セファロでは下顎骨の若干の右方への変形を認めました。

診断名:

開咬ならびに叢生を伴った骨格性反対咬合

治療計画:

1.#16、24、36、37の保存処置
2.マルチブラケット装置による術前矯正治療
3.下顎後退術
4.術後矯正治療
5.保定
6.#26、27欠損部の義歯による補綴

図1、図2

 Ni-Ti系の丸線を用いて下顎右側第一小臼歯、第二小臼歯の捻転が解消されたAlignment開始5か月時に、既に下顎右側小臼歯部の歯肉の退縮が生じていました(図1)。歯肉退縮の進行は下顎後退術の施行2か月後まで続いていましたが、その後保定開始時までは変化はありませんでした(図2)。
 歯周病学的には、Maynardの分類にあるように、歯槽骨が薄いほど、付着歯肉の厚みが薄いほど歯肉退縮が起こりやすいといわれています。また、歯槽骨が裂開したDehiscenceや 歯槽骨の窓状の穴から歯根の一部が露出しているFenestrationのように、歯根が歯槽骨から逸脱している場合は根面を覆う歯肉が薄いと炎症や侵襲に対して歯肉退縮が起こりやすいといわれています。
 矯正治療による歯の移動の際は、圧迫側の歯槽骨内面で骨吸収が、外側壁の表面では代償性の骨添加が起こるため歯肉退縮は起こらないとされています。ただし、以下のようなことが原因となって歯肉退縮が引き起こされることがあります。

<歯の移動時における歯肉退縮の原因>
1.歯の歯槽骨からの逸脱
2.付着歯肉の幅(厚み)の不足
3.プラークコントロールの不良
4.不適切なブラッシング

 本症例では、歯肉退縮が引き起こされた原因として歯槽骨レベルが低位であったことと歯槽骨幅が狭小であったことが考えられます。図3に示すように、下顎小臼歯の歯根は頬舌方向に長い小判型をしております。治療前には歯槽骨内に収まっていた歯根が、歯の捻転を解消することで骨幅が狭小な歯槽骨から一部逸脱し、歯肉退縮を生じてしまったと考えられます。

図3

症例2

 初診時年齢16歳の女子。上顎前歯部に叢生を認め、前歯から右側小臼歯部まで開咬を呈していた症例です。下顎左側第一大臼歯は欠損しており、第二大臼歯が近心傾斜していました。正貌ではオトガイがわずかに左偏しており、側貌は直型でした。パノラマX線写真では上顎両側第一大臼歯の根充不良を認めました。下顎右側第二大臼歯は挺出気味でした。下顎両側第三大臼歯の歯胚を認めました。側面セファロでは分析の結果より、前顔面高が高く、上顎骨の劣成長、下顎骨の過成長と前方位を認めました。下顎下縁平面の急傾斜、下顎骨の後方回転も認められました。正面セファロでは下顎骨は左側へ若干の変形を認めました。

診断名:

叢生ならびに下顎骨の左方への変形を伴う下顎前突傾向を有する開咬

治療計画:

1.#16、26、47の抜歯
2.マルチブラケット装置による術前矯正治療
3.下顎後退術
4.術後矯正治療
5.保定

 根充不良であった上顎両側第一大臼歯と挺出気味であった下顎右側第二大臼歯を抜歯部位として選択しました。Ope.後4か月のパノラマX線写真において上顎右側中切歯の著しい歯根吸収を認めました(図4)。

図4

 パノラマX線写真による治療中の変化を図5に示します。術前矯正開始10か月後で上顎前歯部の歯根尖が丸みを帯びていました。この時点ではNi-Ti系の丸線でレベリングを行っておりました。Ope.後4か月時に著明な歯根吸収を認めました。図6に同時期の側面セファロを示します。上顎前歯の歯根が唇側歯槽骨から一部逸脱し歯根吸収を起こしているのが確認できます。図8に示した歯根吸収の原因の中では、皮質骨への近接(実際には逸脱)に該当すると思われます。図7に示す初診時と比較した重ね合わせより、上顎前歯の歯根吸収の原因は唇側皮質骨を逸脱するほどの唇側移動と強すぎるトルクにあったと思われます。Ope.前より上顎では、Co-Cr系の角線を用いて歯列弓の変形の改善を行い、Ope.後には前歯部を含めて顎間固定のための顎間ゴム(四角ゴム)を使用しておりました。これが前歯にかかる挺出力やトルク力として大きく関わったのではないかと思われます。また、上顎の抜歯部位が両側とも第一大臼歯であったため前歯部の叢生の改善とともに歯列が前方に膨らんだことも無理な唇側移動の原因と思われます。
 Ope.後 4か月以降は、角型ワイヤーにルートリンガルトルクを加えて治療を進めたためか、歯根吸収の進行は認められませんでした。

図5
図6,7
図8

症例3

 上顎右側犬歯の遠心移動中に移動が止まってしまったケースです。デンタルX線写真撮影を行ったところ、犬歯の根尖が上顎洞底に近接しており、これが原因と考えられました(図9)。

図9

 歯の移動の限界は、単に歯の移動が止まるということだけではなく、歯肉退縮や歯根吸収が起きる場合も含まれると考えます。以上の3症例を通して、歯肉退縮や歯根吸収を回避した矯正治療を行うためには、上顎洞底や切歯管、唇頬側や舌側の皮質骨が歯の移動の限界となり、これらにできるだけ接しないような歯の移動ならびに治療ゴールの設定が必要であると思われました。その際には理想的な治療のゴールが設定できない場合もあるかと思われます。また、矯正治療は、歯槽骨内という直接目で見えない場所で歯の移動を行っていますので、現実的には非常に難しいことですが、頭の中で常に歯槽骨の形態と歯根の位置をイメージしながら治療を行うように心がける必要があると思います。

Ⅱ.パノラマX線写真の早期撮影の有用性

症例4

 8歳4か月の女児。上顎歯列の狭窄、下顎遠心咬合、過蓋咬合ならびに叢生を伴う上顎前突の症例です。パノラマX線写真撮影を行ったところ、下顎左側乳犬歯ならびに第一乳臼歯の下方に歯牙腫様の不透過像を認めました(図10)。歯牙種は本学附属病院歯科医療センター口腔外科にて摘出され、112個の歯牙様石灰化物からなる集合性歯牙種と病理診断されました。

図10

 埋伏していた下顎左側犬歯についてですが、根未完成の歯に矯正力を加えた場合、歯根の変形を起こす恐れがあること。また、矯正力による牽引誘導速度は、歯の自然な萌出速度より早く行われるため、歯根形成の初期段階に牽引誘導を行った場合、最終的に反対側の同名歯に比べて歯根長が短くなりやすいことが言われております。そこで下顎左側犬歯は、歯根の形成量が少なかったことに加えて、歯牙腫摘出後の創部が開放創であったため、牽引誘導は行わず自然な萌出をしばらく経過観察することとしました。
 歯牙腫摘出後、急速拡大装置による上顎歯列の側方拡大、バイオネーターによる下顎骨の前方成長促進を行いました。その後、下顎左側犬歯の萌出スペースを確保するために上顎にリンガルアーチを下顎には3Dリンガルアーチを装着し、上下顎前歯の唇側移動を開始しました。その結果、埋伏していた下顎左側犬歯は、萌出スペースを作ることで自然と咬合面の高さまで萌出してきました(図11)。13歳3か月時に下顎左側犬歯が歯列内に萌出完了した段階で一期治療を終了としました。

図11
図12、13

 今回、早期に歯牙腫が発見され、犬歯の歯根形成量も少なかったことから歯の萌出方向も変化しやすく、4年10か月と時間はかかりましたが、埋伏していた犬歯を咬合に参加させることができたと思っております。発見が遅いと牽引誘導も困難となり、抜歯せざるを得なかったかもしれません。
 当科には図14にありますように犬歯の萌出方向の異常により前歯の歯根吸収を生じている症例が紹介されることがあります。歯根吸収を起こしている歯は将来的には抜歯が必要になると思われます。もう少し早くに発見しておれば、開窓牽引にて救うことができたと思われるケースです。図15に示しますのは歯胚の位置異常や過剰歯による萌出方向の異常をきたしているケースです。これらも早期発見により、乳歯の早期抜歯や開窓、牽引ができれば症状の悪化を防ぐことができるのではないかと思われます。

図14,15

 図16にパノラマX線写真により把握される不正咬合の原因を示します。この中には先に提示したケース以外にも早期に発見されることが望ましいものがあります。囊胞や腫瘍の中には早期に摘出や開窓術を行ったほうが良いものがあります。また、歯胚の位置異常や萌出方向の異常のケースのみならず、囊胞や腫瘍の摘出後や含歯性囊胞に対する開窓術後に歯の牽引が必要な場合があります。歯の牽引は年単位の時間がかかり早期の発見が望まれます。

図16

 今回、成長期の小児において最初にパノラマX線写真の撮影を行う適切な時期について検討することとしました。そこで、早期に生じる問題を明らかにするためにその好発年齢等について調べてみました。
 パノラマX線写真で確認できる嚢胞、腫瘍(歯牙腫を含む)の好発年齢は10歳以降でした(口腔外科学 第3版、医歯薬出版)。埋伏過剰歯は上顎前歯部で多く認められ、上顎前歯部では6~8歳で認められるものが多数を占めていたと報告されております(橋本ら,1984)。次に埋伏歯です。埋伏歯の歯種別の出現頻度では、第三大臼歯を除くと上顎中切歯と犬歯が多いという報告が多く(藤岡,1962、伊藤ら,1986、鈴木ら,2002)その平均的な萌出時期は、それぞれ7~8歳、11~12歳です(図17)。埋伏上顎犬歯の萌出異常による前歯の歯根吸収については、先ほど提示した図14の症例から、犬歯の平均的な萌出時期では前歯の歯根吸収が進んでいるものがあり撮影時期としては遅いことが分かります。前歯が吸収されるケースでは、犬歯の萌出方向の近心への傾斜が強く、側切歯の根尖方向に向かうものほど歯根吸収に対する影響が大きいと思われます。そこで犬歯の歯胚の位置の高さから考えてもパノラマエックス線写真撮影の時期は犬歯の歯冠完成期(6~7歳)が良いと考えます(図17、18)。

図17,18

 以上、検討してきた中で早期に生じる問題は、上顎前歯部の埋伏過剰歯の出現、上顎前歯や犬歯の埋伏、歯胚の位置異常や萌出方向の異常であると思われます。これらを明らかにするために、最初にパノラマX線写真撮影を行うのは6~8歳ごろが有用であると思われます。6~8歳であれば第二小臼歯まで歯冠が完成している時期であり、ディスクレパンシーの状態も把握しやすく、先天欠如の有無の予測も可能であると思われます。
 なお、先に示しましたように、この時期以降に発生する問題もあることから、必要に応じて半年から1年ごとに撮影できればより良いかと思われます。
 最後に、このような講演の機会を与えていただきました歯学部同窓会会長の城茂治先生、学術研修部長の中野廣一先生、座長の古町瑞郎先生をはじめ関係する先生方に厚くお礼申し上げます。