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咬合崩壊を防ぐための補綴修復治療
ー超高齢社会で求められるパラダイムシフトー
講師:柏田 聰明先生
(東京都新宿区開業 東京医科歯科大学 歯学部臨床教授)
平成24年11月20日、岩手県歯科医師会館8020プラザにおいて学術講演会が開催されました。
講師には柏田聰明先生を御招きし「咬合崩壊を防ぐための補綴修復治療ー超高齢社会で求められるパラダイムシフトー」というタイトルで講演を行っていただきました。
当日の講演内容を簡単ながら、以下にまとめさせていただきます。
卒業して40年、開業して30年がたち、自分と共に患者も歳を重ねていく。
人口ピラミッドは形が逆になってきて、高齢者が増えた。
1)補綴修復歯を15年保証するまでの経緯とコンセプト
東北大学時代の患者さんの修復治療は適合にこだわっていたにもかかわらず、長期的にみると崩壊が激しく、逆に母親の行ったバンド冠は15年30年もつのが当たり前だった。
どうしてこのようなことが起きるのかという疑問から始まった。
最初の頃は5年保証だった。そのころから接着ということがいわれるようになり、だんだんと成績も良くなってきた。
10年ほど前に10年保証をはじめ、さらに材料も進化し、今では15年保証を行っている。
口頭だけではなく、文書化して保証したことは患者から安心と納得が得られることにつながった。
メインテナンスにきていただくことが条件になっているので、メインテナンスの定期的な受診率が向上した。
・患者さんが納得してくれる補綴修復治療とは
治療してから時間が経っても、治療したことも感じずよく食べられる、長持ちする、見栄えも良いこと。
・日常の臨床で6,7割が再治療である。
・インプラントが隆盛ではあるが、治療した歯が長期間もった時に患者さんはお任せしますと言ってくれる。
長持ちする補綴修復治療はどうしたらできるのかを「補綴修復イノベーション」(医歯薬出版)にまとめた。
2)各ライフステージに求められる補綴修復の戦略的アプローチ
歯を守り、長持ちさせるために、治療は大型化しないで、シンプルにした方が良い。
(1)日本の人口ピラミッドから、出生率の減少と超高齢社会の到来
(2)後期高齢者において咬合崩壊がもたらすもの
3)咬合崩壊の原因となる各歯のトラブル
(1)補綴修復歯の長期的機能維持を妨げているトラブル
(2)これまでの補綴修復治療歯はなぜ長期的に機能できなかったのか
咬合力と細菌をキーワードに考えながら治療することが重要。
再治療の原因の多くには細菌が関与している。
そして、長期的に見ていくと歯の脱落の原因のトップはペリオではなく歯根破折という報告がある。
力について考えることが必要。メタルコアを入れている場合は特に歯根破折で歯を失うことが多い。
4)二次う蝕の成因 細菌の侵入をどのように防ぐか
従来の考え方はマージンのセメントの溶解により細菌が侵入していくというものであり、適合をよくすればいいといわれてきた。
ところが、セメントは溶解していないという報告もあり、実際古いクラウンを外してみるとセメントは残っているのにマージンより内側にう蝕が発生しているということがよくある。
それはなぜか?
咬合力でマージンが開閉し、細菌が侵入し、ニ次う蝕をつくる。
ポーセレンジャケット冠への連続衝撃試験でマージン部の接着が二次う蝕を防ぎ、そしてさらにポーセレンの破折を減少させることがわかった。
ADゲル法によって二次う蝕を、圧倒的に減少させることができた。
○ADゲル法(エッチング処理+10%NaClO処理)とは
削除後の象牙質表面にはスメア層があるが、エッチング処理を10~20秒間行うことでスメア層を除去し、ADゲル(10%NaClO)処理を1~3分間行うことで象牙細管の有機質を除去する。
ADゲル法により象牙質接着力が向上する。In vivoにおいても1.5倍の接着力が得られると報告された。
辺縁部への色素侵入試験でもADゲル法でパナビアを使うと色素侵入がないと報告された。
パナビア単独ではなく、ADゲル法を併用することによって、30kgで10000回の連続衝撃試験でも安定した結果が得られた。
咬合力による歪みをなくすために、歯質と近似した弾性率の修復材料や接着材を使い、接着で歯面を確実に封鎖して辺縁漏洩を防ぎ、耐産性層の形成によって歯質を強化し、脱灰を防ぐ。
歯質強化に関する実験で、ADゲル法でパナビアを使用するとフッ素の取り込みが大きく耐産性が上がることがわかった。
In vivoでも同様の結果が得られた。
フッ素の取り込みにはカルシウムが必要である。
根充材にカルシウムの入っているアパタイトルートシーラーを使い、コアをADゲル法を用いてパナビアでセットするとフッ素の取り込みが大きくなる。
根面う蝕予防のために露出根面にADゲル法を用いてEDプライマーを塗布後にシーラント材のティースメイトを塗布する方法。
フッ素が取り込まれ耐産性層ができる。ただし、まだ十分ではないと感じており、もっとフッ素が取り込まれる方法を開発できればと考えている。
ユージノール系の仮封材やホルムアルデヒド、クレゾール等の根管治療薬は接着阻害を起こすが、ADゲル法を用いると影響が少なくなる。
パナビアF2.0で合着の際、前処理としてADゲル法を行うことによって、細菌の侵入を防ぎ、咬合力に対する耐久性が向上し、歯質を強化することが可能になった。
5)歯根の保全をどのようにするか
(1)補綴修復を成功させるための歯髄保存療法と歯内療法
コンポジットレジン充填で歯髄が死ぬのはなぜか、モノマーの刺激か辺縁の漏洩が原因といわれてきた。
来院した患者のなかから440症例に了解を得て、NaClO処理をしてコンポジットレジン修復を行った。
その結果、辺縁漏洩がない場合はほとんど歯髄刺激がないという確信を得た。モノマーは刺激にならないことがわかった。
病理標本でも歯髄の炎症は認められず、ならば直接覆髄も可能であると考えた。
親知らずによる直接覆髄64症例の実験では69%の成功確率だったが、当時のクリアフィルフォトボンドは接着力があまり強くなかったので、今はもっと成功率が高いはずである。
従来、自発痛、打診痛、温熱痛、冷水痛のいずれもが認められるような症例は抜髄が常識であったが、こうした重度の歯髄症状のある25症例に対して無菌化処置を行った。
すると20症例は臨床的に健康と思われる状態に回復した。
直接覆髄ができれば断髄にも応用が可能である。17年経過症例。
○レジンボンディング剤による歯髄覆罩を成功させるための要件
1)歯髄、周辺歯質の無菌化
エッチング(10-30秒)後ADゲル2,3分、3MIX等を用い無菌化
2)露出歯髄面とその周辺窩壁での確実な封鎖
接着強さの大きい接着材を使用
3)還元力の強いモノマーを有する接着材を使用
2液のプライマーを有する履層材を使用:ライナーボンドIIΣ
○直接覆髄・断髄を確実に成功させるには
接着力が強く、モノマー1液・無のボンドより、モノマー2液のボンドの方が、直接覆髄に適している。
充填であればメガボンド等でいいが、直接覆髄に関しては今のところ、クリアフィルライナーボンドIIΣがベストである。
(2)歯根破折を防ぐ支台築造
メタルコアと修復物は一体となって脱離している。そして破折は歯根で起こる。長期的にみていくと歯根破折で歯が喪失する。
○従来の補綴修復歯のトラブルの成因
1)メタルコア併用のメタルクラウンは”ツーピース継続歯”である
2)咬合力は歯冠補綴物を介して歯質に伝達される
3)歯質と補綴用材料との弾性率の違いから界面に応力が生まれる
ファイバーポストを用いた支台築造はなぜ歯根破折防止に有用なのか。
○ファイバーポストの特徴
1)弾性率が歯質と近似している。
2)曲げ強さが大きい
3)接着強さが大きい
4)審美性が高い
5)再根管治療に有利
スノーポストは白いので再根治のときに透明なものより視認性が高い。
6)上部構造をどのような視点で考えるべきか
○上部構造の具備すべき要件
・長期に歯冠補綴物の破折を起こさない
・歯冠補綴物の咬耗は天然歯に近いことが望ましい
・審美的に優れている
・金属アレルギー等を起こさない
・歯冠補綴物表面に歯垢や歯石が付着しずらい
・製作が容易である
・製作費が安価である
・安定して長期的な接着強さがある
・ロングスパンの使用が可能か
すべてを満たすものはないので状況に応じて選択する。
○ジルコニアを用いた修復物が長期間機能するための要件
1)支台歯形成:機能咬頭のマージン部はラウンデットショルダーかヘビーシャンファーに形成する。
2)接着 ジルコニア被着面処理はアルミナサンドブラスト2気圧以内
パナビアは不要だがセラミックプライマーを塗布
3年半の間にジルコニアセラミッククラウンを1200本以上セットしているが、破折(チップ)した本数は8症例と少ない。
○e,max・ジルコニアの特徴
・ポーセレン・ジルコニアの3倍の曲げ強度がある
・歯質に近似した咬耗をする
・審美的に優れている
前歯部に関しては通常のジルコニアの方がいいが、臼歯部に関してはe,maxになっていくかもしれない。
7)戦略的アプローチを具現化するための臨床的テクニックと材料
8)補綴修復を成功させるための歯周治療とメインテナンス
○内科的歯周治療に用いている薬剤
アジスロマイシン(ジスロマック)+口腔洗浄剤
○L.r.Prodentis(プロデンティス)と口腔衛生
口腔内フローラを整える革新的で自然な手法
口腔病原菌へ対する効果
う蝕に関与する病原菌の減少プラークの減少
歯肉炎による出血の減少
歯肉炎の炎症緩和作用
(学術研修部 21期 古町瑞郎)
ランチョンセミナー
開口障害に対する考え方と対処方法
講師:青村 知幸先生
(岩手医大歯学部 口腔外科学講座 顎口腔外科学分野助教)
開口障害は食事の際に大きな物がうまく食べられない、歯科治療時に困難を伴うなど、日常生活においてさまざまな弊害を引き起こします。開口障害が生じる疾患は種々ありますが、日常の臨床において数多く経験するのは顎関節症によるものと考えられます。そこで、今回は顎関節症による開口障害を疑った患者さんへの対応について述べたいと思います。
まず初めに行うべきなのは、正しく診断することです。顎関節に症状を引き起こすものには、(表1)に示すように様々な疾患が挙げられます。開口障害が顎関節症によるものとして取り扱う際には、まず他疾患との鑑別診断をつけることが重要です。以下のような症状が認められる場合は要注意で、他疾患の可能性も検討すべきです。
- 開口障害25mm未満
- 2週間の一般的顎関節治療に反応しないか悪化する
- 顎関節部や咀嚼筋部の腫脹を認める
- 神経脱落症状を認める
- 他関節に症状を伴う
- 発熱を伴う
- 安静時痛を伴う
次に大切なのは、開口障害を引き起こしているのか何であるかを正しく診断することです。日本顎関節学会では顎関節症を、(表2)のようにI型からV型に分類しています。そして、その分類はIV型、III型、I型、II型の順で除外診断がなされます。ここで注意すべき点は、咀嚼筋が原因で生じている開口障害でも、変形性関節症が認められる場合にはIV型に分類されてしまうということです。そして、咀嚼筋が原因で生じている開口障害に対して変形性関節症の治療をしても、当然のことながら効果は得られません。つまり顎関節症の症型分類は、治療法を選択する際に必ずしも有効ではない場合があるのです。以上のことを踏まえ、顎関節症による開口障害を治療する際には、個々の患者さんにおいて開口障害を引き起こしているのが、1から4のどの障害に当てはまるのかを検討すると良いと思います。
- 開口に伴うべき閉口筋の伸展が出来なくなった筋性の障害
- 自発的顎運動時の関節痛のために、下顎頭の滑走運動が障害された関節痛性の障害
- 下顎頭の前方に居座っている関節円板もしくは関節腔内の線維性癒着により下顎頭の滑走運動が障害された癒着・円板性の障害
- 下顎頭可動性の低下と筋性の障害が生じた複合性の障害
三つめは、治療の到達目標をどこに設定するかです。復位性関節円板転位が非復位性になったばかりの急性クローズドロックであれば、マニピュレーションによりロックを解除してやることで、即座に開口域をクローズドロック前の状態に戻すことが出来ます。しかしながら、クローズドロック期間が長期におよび解除が望めないような場合には、開口域の回復量は小さくなります。開口障害の原因が咀嚼筋の拘縮にあるような場合には、治療が長期間に及ぶことも覚悟しなければなりません。また、開口障害の新しい概念として近年話題となっている咀嚼筋腱・腱膜過形成症にも注意を要します。咀嚼筋腱・腱膜過形成症は、おもに咬筋、側頭筋、内側翼突筋などの腱・腱膜の過形成や構造変化、さらに筋の変性などにより咀嚼筋の伸展性が障害されることにより開口障害が生じるもので、症例によっては手術が必要となります。
診断および治療方針が決まってから治療に取りかかるわけですが、重要なことは保存的、可逆的な治療から始めるということです。顎関節症は歯ぎしり、かみしめ、頬杖などの悪習癖が発症に関与している、一種の生活習慣病であるとの意見があります。また、顎関節症は自然治癒が期待できるself-limitingな疾患であることから、なるべく保存的、可逆的な治療法から開始することが推奨されるのです。つまり、物理医学療法(スプリント、マイオモニターなど)や行動医学療法(カウンセリング、リラクゼーションなど)のような可逆的で侵襲が少ない治療法から始め、それにより十分な効果が認められないときに、可逆的で比較的侵襲が少ない治療法である薬物療法、非開放性関節外科療法へと進みます。咬合治療や開放性関節外科手術のような非可逆的で侵襲が大きい治療はなるべく避けるように心がけるべきなのです。
米国口腔外科学会顎関節内障外科の効果判定基準では、治療の成功を「患者自身が治療に満足し、顎運動時に疼痛を認めないもの」としております。 日常の臨床において、患者さんおよび先生方がより多くの満足感を得ることに、今回のお話しが少しでもお役に立てれば幸いです。
(青村知幸先生 自抄)
表1) 顎関節疾患の分類
1、発育異常
1)関節突起欠損
2)関節突起形成不全
3)関節突起肥大
4)先天性二重下顎頭
2、外 傷
1)顎関節脱臼
2)骨折(関節突起、下顎窩)
3)捻挫(顎関節部)
3、炎 症
1)化膿性関節炎
2)関節リウマチおよび関連疾患
3)外傷性顎関節炎
4、退行性関節疾患あるいは変形性関節症
5、腫瘍および腫瘍類似疾患
6、全身性疾患に関連した顎関節異常
7、顎関節強直症
8、顎関節症
表2) 顎関節症の症型分類(日本顎関節学会2001年改訂)
1、顎関節症I型:咀嚼筋障害
咀嚼筋障害を主徴候としたもの
2、顎関節症II型:関節包、靱帯障害
円板後部組織・関節包・靱帯の慢性外傷性病変を主徴候としたもの
3、顎関節症III型:関節円板障害
関節円板の異常を主徴候としたもの
a;復位を伴うもの
b;復位を伴わないもの
4、顎関節症IV型:変形性関節症
退行性病変を主徴候としたもの
5、顎関節症V型:I
IV型に該当しないもの