Contents
スキルアップセミナー
Let’s enjoy Dentistry
講師:佐藤 洋司先生
(さとうデンタルクリニック 院長)
緒言
咋近の歯科界のトピックスとして、歯科金属や機材の高騰や歯科医師の低収入化、治療を巡る集団提訴などネガティブなニュースが多く見受けられる。
しかしながら歯科医療の本質としては、時代とともに再生療法や治療のデジタル化など、治療スタイルも目まぐるしく変化しており、これからの情熱のある先生方にとっては、むしろ興味深くやりがいのある環境になってきているのではないだろうか?
私は、2004年の開業から、『質の高い治療を総合的に』をコンセプトに小児歯科から審美・インプラント・矯正治療まで約19年地域医療に携わってきた。そこで今回の講演では、Let`s enjoy dentistryと題して、特にトピックス性の高い内容を3つのフェーズに分けその優位性や可能性についてそれぞれ話させていただいた。
CONTENTS
Phase 1 失敗から学ぶインプラント治療
開業2年目33歳時のインプラント治療を振り返り、当時の治療計画や治療のタイミング、手技の稚拙さなどを細かく見直し、現在の自分目線で適切と思われる解答を導き出すというような内容になっている。
失敗しないためのインプラント治療のポイントとして①抜歯後のインプラント埋入時期、②切開線の位置や減張切開、③3次元的なインプラント埋入ポジション、④軟・硬組織のマネージメント、⑤アバットメント選択の5つに分け、順を追い現在の治療データをもとに解説した。
Phase 2 顔面非対称患者へのアプローチ
phase2では4人の顔貌非対称患者を題材に、個々の患者のニーズに合わせ、それぞれ違った治療アプローチについて解説した。
Case 1
Case1は、過去に行われた不適切な矯正治療によると思われる顎変位に対し、誘導型スプリントによる顎位誘導とブラケット矯正による歯列矯正により顔貌・審美・機能の調和をはかったという内容。
Case 2
Case2は、顎変位に対して、顎位誘導はできず複雑な外科矯正を必要とするケースであるが、本人が外科矯正を望まなかったため、インプラント治療による強固なバーティカルストップの確立、補綴修復による咀嚼能率の改善をはかったという内容。
Case 3
Case3は、先天性要因(第一第二鰓弓症候群疑い)の患者で、左右の下顎枝の長さに差異があり、それに伴いオクルーザルプレーンが大きく左上がりになっていた。本人は下顎枝矢状分割術等の外科アプローチは望まなかったため、補綴的対応による全顎的な咬合平面の補正を行ったという内容。
Case 4
Case4は、左側への顎変位により、左側前歯部から臼歯部にかけてのクロスバイトを呈している。このケースは全顎的に不適合修復物が入っており、矯正治療を望まなかったため、歯冠軸の補正等をおこない、左側に犬歯誘導を与えることで、審美・機能回復を図ったという内容。
また、顔面非対称患者へのアプローチとして現在当クリニックで力を入れている顎位誘導と前歯部歯体移動を組み合わせて治療をするハイブリッドアプローチについても紹介した。
Phase 3 Digital Dentistry 最前線
最後のパートであるフェーズ3では、私がCAD/CAMシステムを導入した2010年から13年が経ち、デジタルソリューションとの向き合い方も大分変化してきているので、それについての報告をさせていただいた。
Implant Prosthesis
CAD/CAMシステムを用いたインプラント補綴に関しては以前からも行っていたが、最近ではデジタル上でのエマージェンスプロファイルの設定、印象、補綴デザインそしてファイナルまで可能になってきている。
Pre-Orthodontics
著しい低位・Ⅲ級咬合を呈しているようなハードなケースの一期治療として以前であれば、プレート型の装置を使用後、臼歯部のレジンアップ等で対応してていた。
現在では図のような、クラウンタイプのバイトアップスプリントをデジタル上で設計し、ノンプレップでセットしており、歯の交換期でも単独歯づつのセッティングになっているため、問題なく適用できるようになった。
Air way
主に睡眠時無呼吸症候群の治療に生かしている。
気道部分のCTを撮影することで、通常時と下顎前方位の気道体積の比較をする事ができ、スリープスプリント作製時の大きな指標とする事ができるようになった。
Virtual Articulator
あらゆる咬合器をもってしても患者固有の下顎骨の動きを再現することはできないが、デジタル上で下顎骨、Oral scan data、Jaw motionを融合することでリアルな動きを再現することが可能になった。
おわりに
歯科医療に一時的に情熱を注ぐことはさして難しくはないが、生涯情熱を注ぎ続けることはけっして簡単ではありません。
新しい技術やこれまでの自分のやってきた臨床を振り返り、今までにない発見に気付き、やりがいをもって楽しむことが自分のモチベーションの継続と患者の幸せにつながると私は思っております。
だからこそ今回はあえて、このようなトピックス性が高いテーマでお話しさせていただきました。少しでも皆様の明日の臨床の糧になったのであれば幸いです。
今回は、このような機会を与えていただきありがとうございました。 Enjoy !!
ライフステージ別にみた反対咬合の矯正歯科治療
講師:佐藤 和朗先生
(岩手医科大学歯学部 口腔保健育成学講座歯科矯正学分野 )
今回の学術研修会では、成長発育期から成人期までの反対咬合の治療につてお話しさせて頂きます。反対咬合とは、『上下顎前歯が逆被蓋を呈する上下顎歯列弓関係の不正を総称するもの』であり、『前歯 3 歯以上の逆被蓋』を呈する不正咬合と定義されています。前歯部以外では、Angle III 級の大臼歯関係や臼歯部交叉咬合を伴うことが多く、その成因は、骨格性、歯性、機能性に分類され、多くは何らかの形でこれらの成因が複合して存在しています 。
下顎前突の発生頻度の報告は人種や年齢によりかなりのばらつきがあり、 Hardyらのシステマティックレビューによると、Angle Class III の発生頻度は0~26%と報告されています 。一般的に東洋人では下顎前突の発生頻度が高く、須佐美らの報告によると本邦の 3~19 歳女児の Angle Class IIIの発生頻度は 4.24%と報告されています。私どもの診療科でも、昭和の時期には受診患者の半数以上が反対咬合であり、現在でも全体の1/3の患者が反対咬合を主訴として受診しております。
前述したように反対咬合の成因を大別する事ができますが、この要因判別を確実に行うことから治療がスタートします。
骨格性要因:上下顎骨の位置、大きさの不調和に起因するもの。
機能性要因:前歯部の早期接触や習癖に起因するもの。
歯性要因:上顎前歯の舌側傾斜、下顎前歯の唇側傾斜に起因するもの。
に分けることができます。機能性要因や歯性要因の反対咬合の矯正歯科治療は、比較的スムーズに治療を進めることができますが、骨格性要因に起因する反対咬合の治療が最も困難なものと考えられます。
骨格性反対咬合は、一般的に成長期の治療と成長終了後の治療に分けて考えられます。成人の骨格性反対咬合は、骨格系の問題を歯系で補償するカムフラージュ治療を選択するか、手術を併用とした外科的矯正歯科治療を選択するかに大別されますが、不正咬合の症状が固定されているので、比較的予知性の高い治療計画を立案することが可能であります。一方、成長期の骨格性反対咬合は、様々な矯正歯科治療が適応されてきましたが、果たして顎顔面の骨格系の成長コントロールは可能であるのかという命題には明確な回答は得られていないと言えます。現在まで治療に用いていた装置の選択や治療のタイミングやその効果について、改めて見直すと何も分かっていないで使用していたとも言えます。以下にまとめますと、成長期の骨格性反対咬合の治療に関して、次のような疑問点が挙げられると思います。
骨格性反対咬合における成長期咬合管理の基本的理念
- いつから咬合管理を始めていつまで続けるのか。
- 乳歯列期の矯正治療の是非 早期治療は効果的か。
- 第1期・2期にステージに分けた咬合管理をするのか。
- 顎骨成長のコントロールの是非 顎整形力は効果的か。
- 抜歯の基準、外科矯正治療の適用基準をどう考えるか。
- 保定治療の管理、期間はどうするか。
- 保定治療後いつまで咬合管理を続けるのか。
- 矯正歯科治療後の咬合変化についてどう対応するのか。
このような疑問が日常臨床に残っていることから、私どもが所属する日本矯正歯科学会でも、2020年に「矯正歯科治療の診療ガイドライン 成長期の骨格性下顎前突編」を公開しております。ただし、骨格性反対咬合にも様々な症状があり、患者に共通する項目を考えると、ガイドラインの作成は困難であったと言えます。その意味からもこのガイドラインで提示されているクリニカルクエスチョンは3つに絞られています。
CQ1:成長期の骨格性下顎前突に上顎前方牽引装置は推奨されるか。
CQ2:成長期の骨格性下顎前突にチンキャップは推奨されるか。
CQ3:成長期の骨格性下顎前突に機能的矯正装置は推奨されるか。
これらのクリニカルクエスチョン(CQ)に対するクリニカルアンサー(CA)は、今まで行ってきた骨格性反対咬合の治療を見直す意味でも、一読の価値はあると思いますが、システマティックレビューで言及できる事象はかなり限定的であると言えます。それぞれのCQに対するCAは以下の通りです。
CQ1:成長期の骨格性下顎前突に上顎前方牽引装置は推奨されるか。
CA1:成長期の骨格性下顎前突に上顎前方牽引装置を弱く推奨する。(弱い推奨; GRADE 2B)
CQ2:成長期の骨格性下顎前突にチンキャップは推奨されるか。
CA2:推奨なし。
CQ3:成長期の骨格性下顎前突に機能的矯正装置は推奨されるか。
CA3:成長期の骨格性下顎前突に機能的矯正装置を弱く推奨する。 (弱い推奨; GRADE 2C)
これらのCAは絶対的なものではないとのコメントも追記されており、患者毎の判断はやはり必須であると言えます。しかしながら、計らずとも私どもの診療科でも、現在はチンキャップを用いることはほぼ無く、顎整形力は上顎前方牽引装置と急速拡大装置を用いることがほとんどになっております。
一方、ガイドラインで推奨される治療は必ず全ての患者に効果的かと考えた場合には、どのCAでも弱い推奨に留まっていることから、患者毎に治療効果に差があることが容易に想像できると思います。
この治療効果の差に関する要因は色々と考えられます。治療の開始時期や適用時期や患者の使用状況など、一概に調整できない要因もありますが、治療効果に大きく関わっているのが、患者の顎顔面形態の違いだと考えられます。元々の顔面骨格の違いが、治療効果や予後に大きく影響しており、骨格性反対咬合の場合、ハイアングルの開咬傾向を有する患者やローアングルのオーバークロージャー過蓋咬合の患者の治療はやはり困難であると考えられます。
以上のことから、反対咬合の治療開始時には診断と治療計画の立案には、骨格性、歯性、機能性などの不正要因の判別は必須であり、さらに顎顔面形態を把握するのが重要であることを認識する必要があります。
成長期の骨格性反対咬合の治療は長期になることが多く、第1期・2期分離型の治療スケジュールで、無理をしない計画で進めることが大切なことであると言えます。
スキルアップ 平衡咬合付与と義歯完成・装着
講師:遠藤 義樹先生
(宮城県仙台市 広瀬通り歯科クリニック/岩手医科大学歯学部臨床教授/日本補綴歯科学会専門医・指導医/日本有床義歯学会常任理事・指導医/APS(American Prosthodontic Society)active member)
無歯顎患者,平衡咬合,義歯装着,咬合調整
本講演では,実際に臨床に携わっている初学者を対象に総義歯の基本事項を整理してお話しさせていただきました.今回は第71回学術講演会スキルアップセミナーでお話しした「ろう義歯試適」に次いで,その第4弾として平衡咬合付与と義歯完成・装着をテーマとしました.
新義歯装着は総義歯製作の最終ステップであり,かつ総義歯治療のはじまりでもあります.新義歯装着時には義歯製作にかかるすべての治療過程のエラーを総括的に取り除く必要があるわけです.また,たとえ印象採得が臨床的に満足し得るものであり,さらにろう義歯試適を経て採得した下顎位にズレがないことを確認していたとしても,義歯装着時に下顎が後方に位置してしまう症例も少なくありません.そこで新義歯装着をスタートとして,下顎位の安定ならびに症例ごとに異なる床下粘膜の被圧偏位への対応,すなわち床下粘膜のsore spotへの対応が始まります.
機能時の義歯の動揺をいかに少なくするかが総義歯治療を成功へ導きます.そのために先人たちが印象採得,咬合採得,そして人工歯配列とくに平衡咬合の付与において様々な工夫をされてきました.義歯装着時には,付与した平衡咬合が口腔内においても再現され,機能時の義歯の動揺を減らすための適切な咬合調整が必須となります.
1.臼歯部人工歯の選択
人工歯は天然歯の代用として歯の欠損部を補い,歯列の形態および機能を回復する目的でつくられたものであり,その役割は「咀嚼」と「審美」に加え,「義歯の維持・安定」と「義歯の永続性」にあることを前回のスキルアップセミナーでお話ししました.そこで人工歯は歯科技工士さんまかせで安易に選択すべきではなく,とくに臼歯に関しては,長期的な使用を考慮して耐摩耗性の高い製品を選択すること.さらに臼歯人工歯形態は,顎間関係や顎堤条件を加味して設定した咬合様式・頬舌幅径と咬合接触点の与え方から選択することを述べました.
2.平衡咬合の付与
平衡咬合を付与するにあたっては,まず知識の整理が必要です.図1に示すように,咬合平衡とは義歯が前後的・左右的な偏心位でも安定している状態を意味し,平衡咬合とは咬合平衡が得られる咬合様式のことを意味します.これらは図2、図3、図4に示すように,両側性と片側性に分けられます.
1).片側性平衡咬合の付与
前回のスキルアップセミナーにお話したように,ろう義歯試適では前回行った咬合採得が適切であったかの確認が必要で,設定した垂直的顎間関係(咬合高径)が適切であるか否か,そして水平的顎間関係が咬合器上と口腔内と一致しているかどうかの確認が必要です.
人工歯は元々天然歯が存在したであろう位置に排列すべきでありますが,義歯の維持・安定を図る目的の上では,顎堤の吸収状態や対向関係によりさまざまに変更して構わないと考えます.そこで片側性の咬合平衡を得るため,従来から図5、図6、図7、図8、図9に示すような排列方法ならびに咬合様式が推奨されています.
次に述べる両側性平衡咬合の付与以前に,片側性平衡咬合の確立が機能時の義歯の維持・安定を図るうえで最重要と考えます.そのためにはろう義歯試適時に転覆試験を行なって,臼歯部人工歯の排列位置の確認が必要です.
2).両側性平衡咬合の付与
片側性平衡咬合の確立が図られた上で,両側性平衡咬合を付与していきます.図10に示すように,リンガライズドオクルージョンであっても両側性咬合平衡を得るような排列が基本です.片側性平衡咬合に分類されるPoundのリンガライズドオクルージョンも,側方滑走運動の初期は平衡側で咬合接触させて両側性の平衡咬合を付与します(図8).
fully balanced occlusionを付与するのであれば,チョックバイト記録による咬合器の顆路調整を行なった半調節性咬合器の使用が不可欠となります(図11).
3.義歯装着と咬合調整
義歯装着後に生じる床下粘膜の痛み,sore spot発生の多くは,咬合に起因するといっても過言ではありません.新義歯の咬合接触点の不均衡(早期接触)や咬頭干渉の存在はもとより,もともと新義歯に設定した水平的な顎間関係(下顎位)が,患者の現在の中心位(centric relation,以下CR)と調和していないことに起因して床下粘膜の痛みが発生します.適合試験材を用いてpressure spotと判断された部位であっても,義歯床を簡単にリリーフすることなく,まずは咬合診査が必要です.
上顎総義歯の左右臼歯部頬側面に親指と人差し指を置き,天然歯のフレミタスを診査する要領で,タッピング運動と偏心運動を別々に行わせて診査して下さい.タッピング運動時に上顎総義歯にフレミタスを感じるようであれば,咬合接触点の前後的・左右的な不均衡(早期接触)が存在します.そこでフレミタスを感じなくなるまで,咬合接触点の均衡化(早期接触の除去)を図ります.その上で,偏心運動を行わせて,フレミタスを感じなくなるまで咬頭干渉を除去していきます.人工歯削合の基本は機能咬頭が反対側の中心窩に収まるように削去することです.
付与した咬合様式が図10,図11に示すfully balanced occlusionであれば,義歯を咬合器に再装着して(クリニカルリマウンティング),咬合器上で咬合調整を行う必要があります.
前回ならびに前々回のスキルアップセミナーでお話したように,無歯顎患者のCRは不変ではありません.CRを点で捉えるのではなく,一定の幅を持つものと考えるのが妥当と考えます.したがって,義歯装着時はもちろんのこと,義歯装着後の経過観察においてもCRの確認を第一に行うべきと考えます.
今回の講演が,少しでも皆さんのお役に立つことができれば光栄に思います.